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「転々」 藤田宣永

藤田宣永初体験の本書。ウェブ上のどこかで見かけた書評が素敵だったので、ついつい読んでみたくなりました。

ストリッパーに入れあげ、若い身空で84万円の借金をこしらえた大学生の竹村は、借金取りの福原という男から奇妙な申し出を受ける。
男と一緒に霞ヶ関まで歩いてくれれば100万円をくれるというのだ。
竹村の住んでいた場所は吉祥寺。霞ヶ関までは直線距離で15キロほどしかない。寄り道をせずに歩けば一日で簡単にたどりつけてしまう場所だ。たかがそれだけの労力で100万円が手に入るとは、何か騙されているのではないかと気が気ではない。
しかし竹村には借金を返すあては他になく、ちょうどアパートも追い出され、福原と行動をともにすることになった。
しかしこの短いはずの東京散歩は思いもかけない展開を見せる。井の頭公園からはじまり、福原の思い出の地を巡り、ついでに竹村の昔住んでいた場所や、死んでしまった知人の家までまわり、偶然であった福原の知人のショーパブに寄り、新聞記者につめよられ、とにかく回り道をしまくりながら、竹村と福原は少しずつ互いに歩み寄っていく。
はずみで妻を殺してしまい、警視庁で自首するつもりだという福原の言葉は真実なのか。
竹村の愛するストリッパー美鈴は、果たして今どこでどうしているのか。
一見無目的に見える東京散歩の道行きが、それぞれにつながりあいながら、ひとつの結末にむかって収束していく。

なかなか、いいんじゃないの、あーん?
最後にもっとでかいどんでんがえしがやってきて、衝撃の結末を迎えるのかと思いきや、疑ったのとは少し違ったどんでん返しがやってきて、ああそうかなるほどと、納得したり、ほっとしたりと忙しかった。
あれはあれで良かったと思う。
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by agco | 2005-11-28 23:06 | ミステリ

「一角獣・多角獣」 シオドア・スタージョン

ついに復刊、異色作家短編集の第3巻。ほかの巻もすごく読みたいんですが、とりあえずまずはスタージョンだけ買ってきました。
ここ最近のスタージョン復刊ブームで、作品の半分はすでに読めている感じですが、訳が違うとイメージは多少変わる気がします。未読のものから先に読んで、既読の話はぽつぽつとしかまだ読んでいないのですが、特に「めぐりあい」(「海を失った男」の中では改題されて「シジジイじゃない」)の意味が、これを読んではじめて分かった気がする。前はなんでわからなかったんだ? って感じですが…。
未読だった作品については、ああやっぱりスタージョンてこうだよなあという路線をきっちり守っているので、概ねよし。一番最初の「一角獣の泉」が好きなのですが、ストーリー自体が好きというよりは、金持ちの令嬢にいいようにあしらわれ、いたぶられる男のそのシチュエーション、そのディテールが胸にしみます。たとえば「輝く断片」だって、死にかけている女を男が治療するところのあのディテールを、ああいう風に書き込まなかったらああいう話にはならなかったはず。同じ話をスタージョン以外の人間が書けば、全然違ったものになっているはず。
そういう表現の緻密さというか、細部の中に宿るフェティシズムのようなものが、スタージョンの場合根幹であるのだなあと思います。
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by agco | 2005-11-26 22:38 | SF

「ヒトのオスは飼わないの?」 米原万里

ぶっちゃけ表題への答えは「飼いません」の一言で終了。
飼い犬も飼い猫もどんどん増えていく米原家の波乱に満ちた、微笑ましい、切ない日々の実録であります。
いいなあ~。にゃんこと一緒に暮らしたいな~。でもきちんとお世話をできる自信がないし、ペット不可の部屋に住んでいるので当分無理ですな。
しかし猫語を華麗に操るロシアのおばさんのエピソードはすごかった。
猫語……全世界共通なんだ……。そうか……。
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by agco | 2005-11-23 23:03 | エッセイ

「塵よりよみがえり」 レイ・ブラッドベリ

「ひい」が千回つくおばあちゃん、眠りながら心を自在に飛ばすセシー、鏡に映らず昼に眠る夫婦、翼のあるアイナーおじさん、そのほか声ある煙のようなもの、墓から生まれ胎内へと帰る娘、様々な名もなき不思議な一族たち。
その中にただひとり、一族の歴史を書き残す者として定められ、赤子の頃に屋敷の前に置き去りにされた少年ティモシーは、猫とネズミと蜘蛛を友達にして、不思議の中で育つ。
彼は一族の崩壊と、そしてまたきっと再生を見る者になるのだろう。決して一族の中に交わることができないままで、傍観者として、終わりある生を生きる者として、切なく愛情を持って、ありとあらゆる出来事を書き記すのだろう。

ブラッドベリという作家の持つこの普遍のノスタルジーが好きだ。
というわりには実はあんまり読んでいないのだが。
「火星年代記」が特に好きだった覚えがあるくらいで、メジャーなものでも手を出していない本がたくさんある。一気呵成に読むのではなく、ふとしたときにちびちび眺めたい作家である。
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by agco | 2005-11-20 22:38 | FT・ホラー・幻想

「ローマ人の物語 危機と克服」 塩野七生

皇帝ネロの死後、わずか一年の間に三人も皇帝が交代した動乱期を経て、ヴェスパシアヌスとその息子ふたりのフラヴィウス朝時代、そして極短期間で終わったネルヴァの治世。
これだけの時代が一気に書かれているが、その内容はタイトルに違わず危機と、それを克服することでローマ帝国がいかなる発展を遂げたかということが中心である。
七人登場する皇帝のうち、善帝と評判の高かった者も、悪帝として記録から抹消された者もあるが、歴史上の評価が低いからといって、その皇帝が悪い結果だけを残したのではないとこが興味深い。
悪帝とは誰にとっての悪なのか、というだけの問題だという気もする。
現代から過去のローマを振り返ってみるとき、我々はその時代に行われた皇帝の決断・行為の結果までを一度に把握することができるが、同時代の人間にとっては未来の結果などは知りようがない。
歴史を読むというのは神の視点を持つということだ。
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by agco | 2005-11-08 21:59 | 伝奇・時代・歴史

「グラン・ヴァカンス 廃園の天使1」 飛 浩隆

AIたちの住む夏の区界には、これで1000年ばかりの間、一度も人間のゲストが訪れていない。外の世界はどうなったのか、AIたちには知るすべがなく、一見平和な日常が永遠と思われる単調さで日々繰り返されている。
しかしそんな夏の時間は唐突に終わりを告げた。
<蜘蛛>たちが区界を食い荒らし、鉱泉ホテルとその周辺を残したすべての世界が消えうせてしまったのだ。蜘蛛と戦うために<硝視体>を用いて罠を作るAIたちを嘲笑うかのように、ランゴーニと名乗る少年あるいは青年あるいは男は、罠を逆手に取った苦痛の集積体を作り上げる。

苦痛、耐え難い苦痛と連呼される割にはあまりそれが生々しく読者に伝わってこないのは、登場人物たちがAIだということのほかに、この作者の文体が大きく影響しているのだと思う。
しかし、そんな部分をあまりリアルに書かれても、読者を振り落とすばかりであまりいいことはないようにも思えるので、これはこんなあたりでちょうどいいのかもしれない。
虐待と残酷さを基盤に置いた夏の区界という場所に住む、ジュールとジュリーという決して結ばれることがないと決められている二人を中心に物語は展開する。
この人間関係は、わりと好きだなあ。
しかしこれ、三部作の続きの部分はいったいいつ出るんだろう。作者は大変に遅筆であるそうなので、とても心配である。
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by agco | 2005-11-03 20:48 | SF

「冬の旅人」 皆川博子

明治初期。骨董商の家に生まれた川江環は、七つのときに「ディアーヴァル(悪魔)」と題のついた西洋画に魅せられ、絵画を学び始める。
やがて十七歳になったとき、様々な偶然の導きから、環は帝政ロシアへと聖像画を学ぶために派遣されたが、押し込められた名門女学院とはそりが合わず、ついにはそこを脱走し、ペテルブルグの貧民窟(豚宮殿)へと隠れ住む。彼女を匿ってくれた画学生のヴォロージャと、環を慕うユダヤ娘のソーニャとは、奇妙な三人暮らしをはじめるが、その暮らしもやがてヴォロージャが無実の罪でシベリア送りになることで崩れ去る。
ヴォロージャについてシベリアへとたどりついた環とソーニャはそこで未来の「怪僧ラスプーチン」ことグリーシャと出会う。
環の中の激しくも不安定な絵にむかう感情は、ほとんど狂人のごとくに彼女の人生を捻じ曲げ、思わぬところへつれていく。
そしてロシアの皇室と深いかかわりを持つことになった環は、その最後の崩壊の有様までをすべて見届けることになる。

相変わらずのかっ飛ばした物語でした。
環という人は大変はた迷惑な人で、彼女にかかわる人間(特にソーニャ)を振り回しもしますが、環自身こそが最大の彼女の被害者であったともいえます。
自分の中にそれほどに飼いならすことの出来ない巨大な力を抱え込んでしまった人間とは、そんな風に生きることしかできないのに違いありません。
環が幼い頃からはじまり、五十歳くらいまでの長大な物語です。壮絶な人生だなあ…。
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by agco | 2005-11-01 20:25 | FT・ホラー・幻想



あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
by agco