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「薔薇密室」 皆川博子

hinemosuさんの『死の泉』皆川博子

こちらの記事を拝見し、はじめて本書「薔薇密室」 が発行されていることを知りました。
本書だけを見ていれば、普通に皆川博子らしい幻想小説なのですが、その裏には「死の泉」の中の架空の翻訳者の訳書を現実のものにしようという意図が隠されているのです。なんと素敵なアホっぷり。そんなことを本気でやっちゃうところと、しかもそれを実に重厚な深みのある本に仕上げてしまうパワフルさとが、わたしが皆川博子を尊敬するポイントの大なるところです。

1914年のシュレージェン。欧州大戦の最中に戦場を捨て脱走し、瀕死の美貌の士官を抱えて若者コンラートが逃げ込んだのは、半ば朽ち果て廃墟と化した薔薇の僧院だった。僧院にひとりきりで住み、研究に没頭していたホフマンと名乗る博士は、士官の死が免れ得ぬと見るや、コンラートに不可思議な提案をもちかける。僧院の薔薇と士官と、そのふたつの弱った命を融合させ、永遠の命を与えることができるというのだ。コンラートはそれを受け入れ、かくて<薔薇の若者>オーディンは誕生する。美しい立像のように存在する士官と薔薇の世話はコンラートの役目になった。しかし僧院には、オーディン以前のホフマン博士の研究の失敗作にあたる、ヨリンゲルなる元男娼の黄薔薇がいまだ生きており、コンラートは次第に思い通りにならない周囲の状況に不満を募らせ、殺意を抱くようになる。

これがひとつの物語。

そしてもうひとつは1939年。ドイツに攻め入られたポーランドに住む少女ミルカは、すべての肉親を亡くし、唯一の友人だった年をとらない少年ユーリクとも離れ、ドイツ人の映画撮影技師たるホフマン氏に連れられて、彼の実家にかくまわれることになる。そこでミルカが体験したのは夢とも現実ともつかない奇怪なできごとだった。ホフマン氏の母の死とともにミルカはどことも知れぬ地下室に閉じ込められて、ときおり奇妙な映画フィルムを見せられる。

ミルカはコンラートの手記を読むという形で薔薇の僧院での出来事を知る。しかしそこに書かれていることはどこまでが現実で、どこからが虚構であるのか。ミルカの生きる時代には、僧院はナチに接収され、ヒムラーの奇妙なコレクションの場となっている。美しき奇形の子供たちが集められ、その中にはユーリクもまた含まれている。異様に肥満した尼僧、薔薇の世話をする醜怪な容貌の老人、ヒムラーを警護するSSの中には、ミルカの恋する青年将校がいる。そして薔薇の僧院を撮影する映写技師ホフマン。

幻想と現実とが複雑に交差する中を、闇の中からもがきでるように、ミルカは現実の世界へと帰り着く。幻想小説と銘打たれてはいるが、歴史と正面から取り組んだ、重い戦争小説でもある。
物語としては正直「死の泉」の方が上かと思うが、これもまた、皆川博子ならではの闇の深さと緻密さを持った、端麗な物語に仕上がっている。
by agco | 2004-11-03 23:38 | FT・ホラー・幻想
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あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
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