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「セント・メリーのリボン」 稲見一良

5本のお話の入った短編集であるが、ひとつひとつがきりっとしていて、さりげなく心地よい。
この作者の描く男性は、きっと同じ男性の目から見て理想的に格好良いのではないかと思うが、どうなのだろう。もちろん女性の目から見てもステキです。高潔であり、無欲であり、己を律する強さを持ち、ちゃんと他人に愛情を向けられる正しい大人です。
そして鳥を中心とする自然の描写がまた卓越しているのですが、その自然のなかで食べるものというのがすごく美味しそうで羨ましくなります。
特に「焚火」に出てくる料理。
主人公の男がやくざに追われ逃げ込んだ林の向こうの平地で、偶然出会った奇妙な老人がその場で作って出してくれた料理はこれ。焚火で焼いたジャガイモと、冷たい井戸水で割った梅酒と、厚切りのハムと茸を焼いたもの。

薯(いも)は熱く重く、粗塩をつけた皮がパリッと焼け、むっちり肥った肉を包みきれずに今にもはち切れそうに見えた。

爽やかな香りと甘さが火照った口中を満たし、荒れた喉を滑り落ちて行った。腹の中にポッと火がついた。

老人は鍋を揺すって、熱い脂を万遍なくハムに滲ませた。ハムは脂の中で反り返った。老人は二股の木の枝をフォークのように使い、ハムを裏返した。忘れるところじゃった、とつぶやいて、懐から小さな紙包みを出し、中のものを鍋にぶちあけた。つやつやした小指ほどの茸だった。鍋の縁で舌舐めずりしていた焔が肉に飛び、フランディを投げ入れたように一瞬火がついた。

……美味そうだ……。ちゃんと自分の体験を生かして書かれている地に足のついた描写だと思います。
by agco | 2007-01-23 21:15 | その他創作
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あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
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