オースン・スコット・カードといえば「エンダーのゲーム」あたりが有名で(わたしも読んだことがある)、すっかりSF作家のイメージだったのだが、FTも書く人だったのだね。
本書「奇跡の少年」は、七番目の息子のそのまた七番目の息子は特別な力を持ち、創造者(メイカー)として生まれるという伝説通りに生まれたアルヴィン・ジュニアが、平行世界的魔術の生きている過去のアメリカを舞台に、様々な危難に巻き込まれつつ、破壊者(アンメイカー)を倒すという自らの使命を悟り、成長していく物語である。 これがね……。面白くないというんじゃないんだけど、すごく、暗い気持ちになってしまう話なんですよ…。 主人公アルヴィン・ジュニアはまだいい。たった10歳にして何度も死にそうな目にあい、その実父からは深い愛情と同時に息子をその手にかけたいという衝動をむけられ(でも父は自らその衝動を知り、苦悩している)、ついには大勢の家族の住む家を離れて遠くに徒弟として赴くことを決定され(でもこれもアルヴィン・ジュニアを守るため)、確かに多くの不幸に見舞われてはいるけれど、その分周囲から深く愛されてもいる。 主人公サイドの、アルヴィン・ジュニアを守ろうとする多くの人々も、大変ではあっても気持ちの上では救われている。 むしろ、その彼と敵対する関係にある牧師や、姉の夫の方のことを考えると、とてもとても憂鬱な気持ちになってしまう。 牧師は実質アンメイカーに騙され操られているようなものなのだが、彼がアルヴィン・ジュニアを悪魔の手先とみなし、ついには殺そうとまでするのは、彼が操られているというだけの理由ではない。そもそもその牧師という人は、誤った宗教的意識にこりかたまり、魔術やまじないなどの、土着の風習や宗教などの精神的産物を一切認めない。誤った宗教というか、一神教である宗教はすべて排他的なものではあるが、この牧師の中のそれはひどい。 他者が精神的によりどころとするものを認めず、自らの信じるものを唯一のものと確信し、おしつけることをためらわない。強制し、排除し、自らを正義だと信じて疑わない。 これは彼の宗教的態度であると同時に、単にその人格的特徴であるともいえる。 もし彼が牧師という職業を選択することなく、またアンメイカーに騙され、操られることがなかったとしても、やはり彼はその存在する場所で周囲に同じような圧力をかけ、無自覚に悪意を撒き散らしていたことだろう。 この牧師という人が、せめて今後、自らの行いの過ちを知り、悔い改めるというような展開が用意されているというのならいい。でも、その人の本質というのは変えるのが難しい。あまり期待できないような気がしてならない。またこの人は主人公ではないので、別に彼が悔い改めようがどうしようが、物語の本筋にはあまり影響がない。しかしそれでは、アルヴィンが次から次へと立ち向かわなければならない試練もそうだが、あまりにも耐え難い、救いのない物語になってしまうと思う。 本書は思いっきり「つづく!」という感じで終わっており、また続編もすでに発行されているのだが……。読めば読むほど憂鬱な気持ちになりそうなので、ちょっと先を読む勇気はないかもしれない。このシリーズが最後まで発行されて、きっちりそれがハッピーエンドだというのなら、少し見てみたい。
by agco
| 2004-10-04 14:09
| FT・ホラー・幻想
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