幼い頃に口を裂かれ、笑いの形に縫いとめられて、泣きたいときにも笑い顔。
蘭之助が書いたそんな戯作の断片を見て、それはわたしの夢の中に出てくる子供と同じだと語ったのは、軽業師一座の座長の小ぎんという名の女だった。しかし蘭之助は事実を書いたのではなく、フランスのユーゴー作の小説を室町時代の日本に置き換え伝奇ものに仕立てただけだった。小ぎんの見た幼子は、それでは一体誰だったのか。 そんな不思議なきっかけから親しくなった、蘭之助と軽業師の一座との縁はそればかりではない。 蘭之助の父は阿蘭陀通詞で早世した馬場佐十郎であり、蘭之助は幼い頃から天文屋敷へ出入りして、自然に外国語をおぼえていた。シーボルト事件が起こり、高橋景保が捕らえられたときにも蘭之助は天文屋敷にいたのだが、幼馴染でもあり親友でもある高橋小太郎、作次郎の兄弟は、父の罪に連座して八丈島に流され、それが十数年後の今にしてようやく恩赦となった。 それを屋敷へ引き取ったのは渋川六蔵であったが、その六蔵が従者のようにしてつれていた耳に傷のある男は、小ぎんとその兄のふたりの仇だったのである。 物語は江戸から長崎、また江戸そして遠い南の島までと、自由奔放な羽ばたきを見せ、そして海外諸国と日本の関係や、様々な政治的かけひきが、蘭之助たちを思いも寄らぬ場所へとつれていく。 ああなんだか、先日読んだ「文政十一年のスパイ合戦 検証・謎のシーボルト事件」の知識がすごく役に立つ本だった…! まあ皆川博子御大のことなので、単なる歴史小説では終わらないのですが。戯作の展開も作中作としてさりげなく最後まで見せてくださるのですが。そのラストシーンの一言は、「うむ!」と膝を叩きたい感じでございました。そうくると思ったよ! でもやっぱりそうじゃないといけないよね!
by agco
| 2005-04-15 21:25
| 伝奇・時代・歴史
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