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「アラビアの夜の種族」 古川日出男

今まさにナポレオンによる侵攻を受けようとしているマムルーク朝エジプト。フランスの近代兵器に旧古たる騎士道では決して太刀打ちは不可能と、いちはやく感得していたのは23人いる知事のひとり、イスマーイール・ベイのみだった。
その彼に仕える万能の奴隷、美貌にして天才的な武芸、知略の持ち主であるアイユーブは、想像外の秘策をひとつその主人に耳打ちする。
かつて旧エジプトのファラオを破滅させ、また幾人もの翻訳者、所有者を狂わせてきた「滅びの書」なるものをナポレオンに献上し、それによって侵略者を破滅させようというのだ。
しかしその計画には裏がある。アイユーブが所有し、フランス語への翻訳を進めているとイスマーイール・ベイに語った書物は本当には存在しない。それはこれから作られるのだ。ズームルッドという名の美女、夜の種族の一員たる語り部が、夜な夜な物語をつむぎだす。書家がそれを書きとめ、壮麗な装飾を施しながら清書をし、ヌビア人の奴隷がそれを助け、アイユーブは物語られる場を確保する。
かくして驚天動地の物語は刻々と姿を現し始める。それは千年もの古きに遡る、複雑に絡み合った因縁の物語。「もっとも忌まわしい妖術師アーダムと蛇のジンニーアの契約(ちぎり)の物語」あるいは「美しい二人の拾い子ファラーとサフィアーンの物語」あるいは「呪われたゾハルの地下宝物殿」と呼ばれる砂塵にまみれた年代記である。
物語は夜の間だけ語られ、昼の時間に形をなし、それを知らずにフランス軍は日々エジプトの地を侵す。恐慌に陥りつつあるカイロには、いつしか噂が流れ始める。すなわち救世主がエジプトを救うために物語を語っていると。物語が語られている間は決してエジプトは落とされることはないのだと。
一部に真実を孕みながら、物語の時間と現実の時間は同時並行的に着々と進む。
物語は最後まで語られるのだろうか。また形を成しつつある「滅びの書」は、いかなる結末をもたらすことになるのか。

ネタバレを恐れていると、この物語の要約はできない! というので困ってしまいましたが、ぎりぎり核心にふれない程度にまとめると上記のようになりました。ものすごく分厚い本書ですが(ハードカバー二段組659ページ)、その大部分は物語られている年代記に費やされています。これがとても面白い。さすがに睡眠も食事もとらずに延々読み続けるほどではありませんでしたが、アラビア的ファンタジーとしてそれだけで成立可能な内容です。そして、それが単独としてあるのではなく、戦時下のエジプトの国情と絡まりながら、また現実世界との接点を見せながら、最終的にはアイユーブという人間の成り立ちまでもを暴いていく。
多層的に展開する、興味深い一冊でした。
そうそう、話の内容とはまた別に、もう一段外側にひとつの虚構が仕掛けられているのも奥深い味わい。信じちゃう人もいるだろうなこれ。わたしもちょっと迷って調べちゃったもの。
古川日出男、他のも読んでみよう。
by agco | 2005-01-30 15:33 | FT・ホラー・幻想
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あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
by agco
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