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「弥勒の月」 あさのあつこ

時代小説である。あるが、本格的とはつけられない感じのする本である。
個人的には雪兎くんの出てくるシリーズよりはずっといいと思うのだが、でもやっぱり、ナチュラルに藩主おかかえの暗殺者集団とかが出てきちゃうあたり、田舎町に国際的殺し屋がなぜかいたりするのと同じうさんくささを嗅ぎ取ってしまわずにはいられない。
これがいっそ山田風太郎や皆川博子レベルで「あっち」に行っちゃっているのだったら、それはそういうものとして受けとめもするのだが、どうもあさのさんはそのあたりが半端なのである。
どうでもいいけどこの方は、男同士のぶつかり合いつつもあやふやに成り立つ信頼関係のようなものを書くのが本当に好きなんですね。
# by agco | 2006-12-22 13:24 | 伝奇・時代・歴史

「絵小説」 皆川博子

本書に収められた6つの物語は、少し特殊な製作過程を経て作られている。
皆川氏が1つの詩を指定し、それに基づいて宇野氏が絵を描き、その絵を見て皆川氏が物語を書く。最初の詩のイメージを、絵師の宇野氏の感覚というフィルターを通すことによって別種のものに変換し、それを新たに読み解くという過程を経ているのである。
そのことによって、おそらくは皆川氏個人では喚起し得なかったイメージが、随所に盛り込まれることになっているのだろう。
ただ、もともと皆川氏の文章は色彩や物の形の印象が非常に鮮やかで、ふしぎと絵画的であるという気もする。そのため普段との違いは文章だけを見ていてはわからない。
それだからきっとこれは、元になった絵画と見比べながら読むことで、文章と絵画が相補的に高めあう効果を楽しむためのものであろう。

物語の内容そのものはいつもの皆川博子的、絢爛とした退廃と女(少女)の残酷さ、脆さ強さが鋭いメスで切り取られている。短編集だけにそれぞれは小粒であるが、ちょっと息抜きをしたいときなどに読むにはちょうどいい。
# by agco | 2006-11-29 13:36 | FT・ホラー・幻想

「LOVE」 古川日出男

本書は作者の前作「ベルカ、吠えないのか?」に対する猫的アンサーであると作者紹介欄に書かれているが、それで内容を予想しながら読むと大いに外す。
その外すところがむしろ古川日出男的にはしてやったりなのかもしれない。

猫と猫をカウントする少年老女青年中年女等々の人々(いわゆるキャッターズ)を軸に物語は進んでいるようないないような、とにかく群像劇であり、どこに視点の中心を持ってくるかは読み手の自由である気もする。
淡々と語られていく荒唐無稽な物語の断片・断片をつぎあわせて、どういうストーリーをそこに見るのかも、ある程度は読者の自由である気がする。
暴力や死や贖罪もそこには書かれているが、おそらくは本書のテーマはタイトル通り「LOVE」なのだろう。LOVEというのは広い意味を持つ言葉である。そこもまたどう受け止めるかは読者次第なのかもしれない。
そんな自由度の高い本書であるが、私的におおと思ったのは二本のギターを持つミュージシャン(のたまご)の彼である。最初の物語と最後の物語に登場する彼のラストシーンがとても鮮やか。
工事の音にまぎれていても、彼の演奏はきっちり空まで届いただろう。
本書の読了後に爽やかな余韻が残るのは、彼のおかげである部分が大きい。
# by agco | 2006-11-28 22:52 | その他創作

「竜宮」 川上弘美

川上弘美を読むのは二作目。
現代の日本を舞台としていると見せかけながら、実はそこは微妙に肌触りの違う異世界だったという印象。それともさらに、異世界と見せかけておいて実はそこは現実なのだろうか。
そんな、虚と実が薄紙一枚を隔てて接しあっているような、生々しい不安定さが川上弘美の物語にはある。
この人はどうやってこれらのお話を書いているのだろう。頭のなかで構成を練って、それに忠実に文字を起こすというよりは、筆先が進むに任せて自分はそれを少し離れた高見からじっと見下ろしているのではないか。そんなことを思ってしまう作風だ。
本書に収められた短編は、特にどれが傑出しているというのではなく、粒がそろっている印象がある。そのなかで、一番最後の「海馬」を読んで、普通はこういう物語に出てくるのは「人魚」であろうが、そこがあえて「海馬」であるのが川上弘美なのだと思った。
この作者の長編が読んでみたい。
# by agco | 2006-11-27 22:36 | FT・ホラー・幻想

「シャルビューク夫人の肖像」 ジェフリー・フォード

相手の姿をまったく見ずに、会話と過去の語りと声だけから想像して肖像画を描いてほしいという、なんとも奇妙なシャルビューク夫人の依頼を肖像画家のピアンボは引き受けた。
もしも本物そっくりに描くことができたら巨額の報酬が約束されている。そしてそれだけの金があれば、口を糊するために社交界で身をすり減らし、つまらない肖像画を描く必要はなく、画家として本当に描きたいものを描き、自らの才能を極めるために全力を傾けることができるようになる。
内面に様々な矛盾を抱えながらも夫人の肖像画に取り組むうちに、ピアンボは次第に夫人の奇妙な話に幻惑され、また、目から血を流す女の奇怪な事件に巻き込まれてゆく。

物語は一応ミステリーのくくりのようなのですが、夫人の語りといい、ピアンボの周囲に起こる怪しげな出来事の数々といい、半ば以上に幻想小説の趣の強い物語です。
でも作者がジェフリー・フォードなので、そうこなくっちゃ! という感じで、事態が胡散臭げになればなるほど読み手としては気持ちが盛り上がります。
謎の真相の部分については割と、やはりそうきたかという感じで意外性はないのですが、この物語の真骨頂はそこまでの語り口や繊細な背景・心理描写にあるので、まったく問題ありません。
さりげなく、本書で一番胸に迫る描写はシャルビューク夫人に関するものではなく、ピアンボとその友人の画家のシェンツ、そしてふたりの師匠にあたるM.サボットにあるような気がします。この三人の関係はかなり胸が痛い…ですよ。
# by agco | 2006-11-12 00:04 | FT・ホラー・幻想



あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
by agco
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