もうだめ。ほんとーにだめ。耐えられない。これ以上少しでも読み進めるなんて無理。
ということで、11本の短編集である本書を三本目にして挫折しました。あらすじとか、アマゾンさんの書評とか見てても、ものすごく、ものすっごく面白そうな本なのにどうしてダメなの。 自分でも今ひとつ理由が定かではないのですが、どうやら生理的に合わないらしい。じわじわと嫌~な気持ちになって、胸がむかむかとする。 物語の展開そのものも、どうしてそうなるのか、何故その人はそういう行動をするのかが、いちいち納得いかなくて途方にくれてしまう。でも納得できないから嫌というのではなくて、どうやら登場人物の選択する行動自体、思考の方向性自体が気に入らないらしい。 それに加えて文章の表現や出てくる単語、書き方がまた性に合わないみたい(翻訳小説だけに、これは作者のせいではないかもしれない)。 とにかく、なんだかダメなんです。ああなんでなんだろう。世界幻想文学大賞だのネビュラ賞だのティプトリー賞だの、実にそうそうたる賞を受賞している本なのに。てことはアメリカではこれを理解できる人は沢山いて、評価も高いということなんでしょう。それを理解できないというのは何、わたしの読解力不足なの。あるいは趣味の違い? 世の中の流れについていってない? わたしの頭が固いということですか。 でもまあ、賞をとっているからといって趣味に合わない作品というのは実はいっぱいあるもので、特にネビュラ賞は私的には曲者です。 どんなに気に入らない本でもとりあえず最後まで読むというのがポリシーだったのに、久々に挫折させられてとても悔しい。でも最近では趣味の合わない本を無理に読むのは人生の無駄のような気がしているから、これは方針を転換するいい機会かもしれない。 #
by agco
| 2004-08-10 23:40
| SF
ちょっと確かめたいことがあって再読。そうしたら結構いろいろとびっくりすることがあった。
おお! 関くんがまともに京極堂と論争している!(昔はちゃんと喋れたんじゃないか) おお! 榎木津と一般人の間に普通に会話が成立している!(巻が進むごとに、どんどん変人になっていったんだな…) おお! 京極堂のうんちくが長い!(今もあんまり変わらない) などなどですよ。 少し気になったのは、学生時代に京極が榎木津のことを「先輩」と呼んでいたというところ。想像するとなんとも気持ち悪くて可笑しい。でも呼びかける言葉は「あんた」。その頃から「あいつは~」などと時々語っていた。メモメモ。 そして関くん、すっかり忘れていたけど、あなた結構ひどい人だったんだな……。 これをどんな風に映画化してくれるのか、キャスティングを聞いてもちっともイメージが掴めないだけに非常に気にかかります。特に関くんの永瀬というのが。でも榎木津の阿部というのも…。どうなの、それ。 #
by agco
| 2004-08-10 00:14
| ミステリ
八人の人気作家による官能小説アンソロジーである。それぞれの作家がエロスをいかに料理するのかといった点で興味深い試みである。
わたしはこれの京極夏彦が一体何を書いているのかが気になったので読んでみたのであるが、うーむ、割と感想がない。 さすがだな、と思ったのは皆川博子。セックスのシーンなしでエロスを表現するその手腕、読者を幻惑させるイメージの鮮やかさ、隠微さは彼女の本来の持ち味である。そうなのよ、はっきりとそのシーンを書いてしまうのではなく、読者に想像させるということ、体の外側ではなく内側にあふれる生々しさを書いて欲しいのよ。 と思ったのは、単にわたしが元から皆川博子ファンだからかもしれない。 #
by agco
| 2004-08-09 23:57
| その他創作
再読でした。というか、読み始めて最初の10ページくらいで、あれ、わたしこれ読んだことあるやと気がつきました。自分で買ったわけではなくて、今回も前回も別々の人から借りて読んでます。もう話を大分忘れているし、せっかくだからと思ってそのまま最後まで読みました。
うーん。何と言えばいいんだろう。決して駄作というわけではないのに、快作になりきれない物足らなさがこの本にはある。それは例えば疾走感のようなものだ。最後の謎解きの部分にむかって怒涛のように突き進んでいくという迫力がない。中間の部分が中だるみしているために、最後に衝撃を感じられない。 この作家はいつも書きすぎているのだと思う。「屍鬼」を読んだときにも思ったが、あと2割ほど文章を削ったら、あと2割ほど気持ちよく読める本になるに違いない。不要な部分を長く書きすぎ、そしてもっと書き込むべきところは案外あっさりと過ぎ去っていく。そんなあたりのバランス感覚がうまくない本である。 そして小野不由美という人は、常人にはない業を背負った美少女というやつが、きっと非常に好きなのだね。以前に読んだときには思わなかったが、「屍鬼」を読んだ後の今はそのあたりの相似が気になった。いや、わたしも好きだけどね、美少女。いいよね美少女。生き神様として幼い頃に寺院に連れてこられて閉じ込められて、絶大な権力を持っているけど自由はないといったタイプの美少女なんて、ありがちだけど大好物ですよ。 #
by agco
| 2004-08-09 23:30
| ミステリ
ハードボイルドというと、やたらと登場人物が男らしさみたいなものにこだわって、「男ってやつは~」みたいな語りが入るものだという偏見があったのだが、なんと偏見ではなかったことが判明した!(笑)
しかし、このブラディ・ドールというシリーズは、それが決して嫌味ではない。確かに出てくる登場人物が毎回そろいもそろって馬鹿馬鹿しいほどの頑固さで自らのこだわりを貫こうとし、命をかけて何かを取り戻そうとするのだが、そういうのって本当は馬鹿にしちゃいけないものだろう。 作中、登場人物たちが使う車、煙草、好みの酒などの数多くのアイテムは、非常に効果的にそれぞれのキャラクターの個性を演出している。ブランド名みたいなものは、下手な使い方をするとどんどん話をスノッブにしていくものだが、このシリーズにはそれがない。「物」や「ブランド名」に伴うイメージを上手く使う作家といったら他に石田衣良を思い出す。どちらも男性作家だ。男性は基本的に物との付き合い方を知っているという感じがする。気のせいかもしれないが。 毎回主人公が異なるシリーズもので、つまりは一冊ごとに新しい主要登場人物が出てくるのだが、それがみんな個性的でいい味を出している。ブラディ・ドールという店を中心に、そんな男どもが仲良くしたり、また殺しあったりしながら濃い関係を築いている。それはちょっと羨ましい濃密さであり、また作中でとある人物が語っているように、一部の関係はプラトニックなほもみたいなものである。しかしそれすらも、その関係の中に分け入っていくことのできない女の目からしてみれば、少し羨ましい関係だとも言える。 しかし、男、男とうるさいこの物語では、実は女は決してないがしろにされてはいないのだ。各物語に登場する女性たちはみんな存在感があり、きっちりと生きている。時々そんな女がいるかというほど美しく書かれている女もいるが、それをいうなら当作品の男たちも、みんなありえないほどに男らしい男であるわけだから、お互いさまというもので、現実よりも薄皮二枚分ほど上にある理想を描くのがロマンというかハードボイルドの醍醐味なのだろう。 しかし人死にの多い物語で、大体この人いいなと思った人から死んでいくという鉄則(?)があり、途中で何度嘆く羽目になったかわからない。それってつまりは、死に近しいところにある人ほど魅力的に見えるということなのかもしれない。とはいえ、いくらフィクションであるといえども思い入れのある人の死は悲しいものである。 #
by agco
| 2004-08-09 00:34
| その他創作
|
by agco
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