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「蒲公英草紙 常野物語」 恩田陸

恩田陸は当たり外れの大きな作家だと友人知人は口をそろえていうが、幸いなのか何なのか、わたしはまだビッグな外れに遭遇したことがない。
だからといって、わたしが恩田陸を大好きかというと決してそうはいえなくて、イメージをいうと、常に100点満点中の70点から80点をとるから合格ラインではあるが、きっと彼女は永遠に100点をとったり、ましてやそれ以上の規格外の数字を叩き出したりすることはないだろうという感じ。

本書は、わたしの基準では70点くらいです。

不思議な能力を持ち、古から旅の中に生きる常野一族の一派、春田家の家族四人は、村の長である槙村の家に長逗留することになった。槙村の家系には常野の血がわずかに混ざっており、末の娘の聡子には遠見の力の片鱗があった。
身体が弱く、大人になるまで生きられないといわれている聡子の話し相手として、槙村の家に通うことになったのは、村医者の娘で10歳の峰子だった。
多くの人々が集う槙村の家で峰子は様々な体験をし、次第に大人になっていく。
そしてある日、村落を台風による大水が襲い、峰子と聡子はふたりで幼い大勢の子供たちを守らなければならない立場に立たされる。

……聡子はとてもよいこではあると思うんだけど…ちょっとお綺麗すぎかなあ…。
ラストがすごく暗いんですけど……。これこんな終わり方じゃなくてもいいのになあ。
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by agco | 2005-09-30 23:45 | 伝奇・時代・歴史

「悪い時」 G・ガルシア=マルケス

町には中傷のビラが毎晩のように貼られ、人々の心には猜疑と不安が蔓延し、ついには殺人までもが起こる。
政府の弾圧を一身に象徴する町長と、役立たずの神父、反骨精神の強い歯科医と不穏な動きを見せる床屋、成り上がりの金持ちの未亡人、町を作った功労者の一族、映画館の支配人、サーカス、占いをする女、死にかけの妊婦、私刑によって命を失った青年、忠義心に篤い会計士、などなど。
様々な登場人物たちの群像劇が混沌として描かれ、そして結局…「えっ、そこで終わり!?」と言いたくなるような、決定的な何かが起こらぬままに物語は終わる。
じりじりとした焦燥感のようなものだけが後に残った。
本書のイメージを一言でいうなら「濁流」だろうか。
マコンドという地名や、どこかで見たおぼえのある名前の人物たちが登場する本書は「百年の孤独」の習作的な位置づけなのだろう。
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by agco | 2005-09-24 23:45 | その他創作

「ジパング 1~20巻以下続刊」 かわぐちかいじ

漫画喫茶で最初の方を何気に読んでみたのが運のつきだった。
お、面白い~~~!
1巻からいきなり首根っこわしづかみで物語りに引きずり込まれ、「わたし、この本買ってしまうかも…」と思ったその日に本当に買いに行った馬鹿者はわたしです。とりあえず現在出ている20巻まで大人買い。大人って素晴らしい~~。ダメな大人万歳~~!

しかし、面白いという噂は散々聞いていたものの、これが海軍版「戦国自衛隊」みたいな話であるとは、読んでみるまでまったく知りませんでした。
200X年に海外派遣されることになった海自のイージス艦<みらい>が、突然の嵐に巻き込まれ、はたと気づけば見知らぬ艦隊の真っ只中に。なんとそこは第二次世界大戦中、ミッドウェー海戦直前の太平洋だったのです。
という出だしから、現代の最新技術を駆使した武力で、過去を変える力を持ってしまった<みらい>乗務員たちの苦悩、専守防衛を貫くという自衛官としての立場をいかに守るか、あるいは積極的に過去に介入するかの決断、葛藤、思想のぶつかりあいなどが熱く描かれます。
当時の軍や政府の要人たちもバリバリと登場しますが、それにも増して重要な動きをするのが<みらい>副艦長の角松に命を救われた、歴史上はとうに死んでいなければならなかった草加という男です。海軍の情報将校であった彼は、<みらい>艦内に蓄えられていた「未来の情報」を知ることで、積極的に歴史を改変しようと動き出します。その彼が夢見る、本来は存在するはずのなかった未来の日本の姿が本書のタイトルにもなっている「ジパング」なのです。

現在出ている20巻までで、まだ物語は中盤といったところです。先が予想できない壮大な物語であるゆえ、息を詰めて今後を見守って行きたいと思います。
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by agco | 2005-09-22 23:24 | 伝奇・時代・歴史

「愛がなくても喰ってゆけます。」 よしながふみ

よしながふみの食エッセイ。
この人の「西洋骨董洋菓子店」(月9ドラマの原作だが、まったく別物と思ったほうがいい)を読んだときにも思ったことだが、この人の描く料理は本当美味しそう! 作者ご自身の食に対する思い入れがそのまま画面に表れているのだろうか。
お店を紹介しつつ、恋愛こみの人間ドラマをさらりと描きつつというスタイルだが、ドラマの方は割りとどうでもよくて、お料理に目は釘付け。ここに出てくるお店の中で行った事があるのは2軒だけだ…。ああん…。制覇とはいわなくても、ちょちょいと何軒か行ってみたいお店がある。

ところで本書に出てくる荻窪のうなぎ屋さんは、以前に東海林さだおのエッセイの中に出てきたところと同じお店ではないだろうか。ダブルで誉められてしまうと、なおさら気になる。
うなぎ~荻窪でうなぎ~~。
お酒コミでひとりあたま予算7000円ほどだが、友人諸氏、どなたかご一緒しませんか。
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by agco | 2005-09-20 23:14 | エッセイ

「ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち」 塩野七生

kanjinkankyoさんの皇帝素描にTB。

神君とも呼ばれたカエサル、アウグストゥスに次いで帝政ローマの皇帝となったティベリウス、カリグラ、クラウディウス、ネロは、それぞれ「悪」と断罪されたが、果たしてその真相はいかなるものであったのか。
ということを塩野七生節でズバズバと切っていくのだが、この四人の中ではダントツ、ティベリウスが可哀想。とても頑張っていた人だったのに。次々と気の毒な目にあわされて、それも思えば皇帝になる以前からの、アウグストゥスとの思惑の違いから始まっていて、塩野七生いうところのティベリウスの非である部分は実に納得はいくものの、あまり責める気にはなれない。
その後の三人も、何から何まで悪かったというのではなく、皇帝として政治・軍事を行うには、どうしても足りない部分があったというだけで、箸にも棒にもかからないほどの愚物というわけではない。
中でもネロは悪名高い割には見事な災害対策も一部に行っているのが興味深い。
人間そうそう完璧な行動はとれないものだ。特にローマ皇帝などという複雑な立場で絶大な権力を与えられ、急に目覚しく活躍できるほうが特異な人間といえるだろう。

皇帝たちの行状そのものよりも、それを手厳しく批判した後世の史家タキトゥスに対する、作者の感慨の方が奇妙に心に残った。
知識人が陥りがちな優しさの欠如、安易な批判や驕り。そうしたものはローマより二千年ほど後の現在であっても健在であり、人の性質というのは容易には変わらないものなのであり、そのことにまた胸が痛むのである。

ところで本書に出てくるケルトの宗教「ドゥルイデス教」って、「クリスタル☆ドラゴン(あしべゆうほ作の漫画)」に出てくるドルイド(魔法使い)を中心とした宗教のことですね!?
あれは宗教と言うか風習と言うか、世界観の違いみたいなものという気もするけど…。そういえばあの漫画はネロの時代だった。
あちらはケルトの側の視点で描かれており、こちらはローマ側のものであり、その対比がとても興味深かったです。もう一度漫画を読み返してみようかな。
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by agco | 2005-09-17 23:38 | 伝奇・時代・歴史

「ボディ・アンド・ソウル」 古川日出男

この本をどう評していいのか、実はかなり迷います。
スラップスティック?
作家・古川日出男が周囲の編集者や友人や己の妄想・空想・創造の中で、己を解体し、脱構築し、再編すると見せかけて実は隠されていた真相を表に出しただけというような、割と摩訶不思議なような、定番的ほろり系とでもいうような、そんな話でした。←この説明わけわからん

面白くないってわけではないのですが、ものすごく面白かったともいえず、やっぱり古川日出男は私にとっては微妙な作家だなあ。
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by agco | 2005-09-16 23:13 | その他創作

「真夜中の太陽」 米原万里

旅のおともに米原万里は最適という気がしませんか。
先週末は一泊二日で温泉旅行だったので、すかさずこの本を持っていきました。積読本のうずたかい山からこの一冊をわざわざチョイス。以前仕事で長崎まで行ったときも、米原万里だったなあ。去年の冬に帰省したときもそうだった。
あの舌鋒鋭いけれども軽妙な文章が旅の空気に似合っているのです。エッセイ集なので、一遍が短いところもポイント。

本書は2004年8月に文庫になっておりますが、中に書かれているのは主に2000年前後の時事問題です。ここで語られているK泉そーりに対する毒舌がいちいちツボにはまって、そうよそうよと激しく同意してしまいました。
米原万里はいっそ、新党を立ち上げてK泉政権潰しに乗り出したらいい。
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by agco | 2005-09-13 22:49 | エッセイ

「ある遭難者の物語」 G. ガルシア=マルケス

コロンビア海軍の駆逐艦から海中に落ち、たったひとり筏の上で11日間に渡って海を漂い、ほとんど飲まず食わずのまま奇跡的に生還した男の物語。
新聞記者時代のガルシア=マルケスが、当人から話を聞いてまとめた実話。

物語は最初から不吉な陰を帯びている。ごく初期のうちに主人公が遭難することは明示されており、出てくる登場人物ごとに、その末路が予言のように語られる。
いついかなる経緯の果てに、彼らの上に死が訪れるのか、読者は否応もなくひきつけられる。

思えばこの手法はガルシア=マルケスお得意のものだ。「百年の孤独」においても、冒頭のシーンからすでにブエンディア大佐が銃殺刑に処せられることが示されているが、実際に物語がその場面に到達するのはかなり先のことである。
「予告された殺人の記録」だってそうだ。サンティアゴ・ナサールが死ぬことは、すでに避け得ない出来事として、物語の冒頭のうちに語られる。その明らかにされた未来へむかって、どうすることもできない求心力で物語り引き寄せられていく。
結末がわかりきっていても、そこへ至る過程はまるで色あせないし、実際に描き出されたその未来というものは、読者の想像を必ず裏切る。

本書はノンフィクションだというが、11日間も人間はあんな風に生き延びられるものなのだろうか。それは本当に奇跡的だし、それだからこそ新聞種にもなり、こうして物語として残ることになったのだといえよう。
短く、淡々としているとも思える記録だが、これはこれで奥深い。
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by agco | 2005-09-09 00:53 | その他創作

「新訳 星の王子さま」 サン・テグジュペリ作 倉橋由美子訳

旧・内藤氏訳も持っているのですが、最初は比較などせず、素直に読もうと努めてみました。

おおしかし、最初のページからしてショッキング。
内藤氏訳で「うわばみ」だったところが「大蛇」になっている!
いやべつに「うわばみ」でないと嫌だとか、そういうことを言いたいのではないのですが、なんとなく「うわばみ」という単語がものすごく頭にこびりついていて、星の王子さまといえば「うわばみ」だぜというような、よくわからない固定観念が……。

そんなことはさておき、さっと読んだときの雰囲気とかは、特に内藤氏訳とそんなに違ってはいなかったように思います。同じ話なんだから、そんなに全然違っていたらむしろ困るわけなんですが。

といいつつも、倉橋訳を読了してから改めて内藤訳を読んでみると、確かにいろいろ違います。内藤氏訳は子供向けを意識してかひらがな多用で、しかしそのくせ、とても難しい言葉をさらりと使っている。あまり意訳とかはしていないのかな? ときどき意味を掴みきれないほど観念的で、その分とても哲学的です。

哲学的なのは、原文からしてきっとそうなのだと思いますが、倉橋訳ではそのあたり、もう少し説明しようと試みている感じがします。言葉遣いや台詞まわしがこなれていて、普通に大人むけの小説を読んでいる感じ。普段の倉橋氏本人の著作の方がずっと難解に書かれています。

どっちがいいとも言えない出来で、好みは分かれそう。しかしひとつだけ、倉橋氏もご自身のあとがきで述べていることですが、「飼いならす apprivoiser」という単語を「仲良しになる」と翻訳したというところ。
内藤氏訳ではそのまま「飼いならす」なんですよね。
わたし、ここは「飼いならす」の方が良かったと思う。単に仲良くなるのとは違った意味を、たとえ子供には理解できないかもしれなくても、そっと忍ばせておいて、大きくなった子供をどっきりさせてやって欲しかった。かな。
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by agco | 2005-09-07 22:51 | 児童文学・絵本・YA

「本棚探偵の回想」 喜国雅彦

前作「本棚探偵の冒険」 喜国雅彦にひきつづき、ミステリ専門古書蒐集家の著者が、本にまつわるあれこれのことを面白可笑しく、シビアに切々と、マニアックに情熱豊かに語るエッセイ集。

その意欲もすごいが金の使い方もすごい。一日五万円分の新刊書を、違う書店、違う出版社、違う傾向の中から選んで買う企画なんかわたしも勇んで参加したいものだ。
誰か「これを使いなさい」といって五万円をぽんとくれないものだろうか。←素の感想
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by agco | 2005-09-05 22:58 | エッセイ



あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
by agco
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