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「鏡の森」 タニス・リー

タニス・リー版「白雪姫」。童話にギリシア神話のモチーフを絡めたこれは、大人の猥雑で残酷な物語だ。

征服者ドラコに国を滅ぼされ、さらわれた王女アルパツィアは、ドラコに無理やり辱められ、娘を産み落とす。このときアルパツィアは14歳。ショックのために心神喪失の状態に陥ったアルパツィアは、自らの産み落とした娘の存在をほとんど記憶から消し去ってしまい、自らに娘はいないと思い込む。正式にドラコと結婚し、女王と呼ばれるようになってからも、彼女は周囲から人を遠ざけ自分の殻に閉じこもり、部屋の鏡に向かって話しかけるばかりで、いつしか魔女と呼ばれるようになった。
一方その彼女の産んだ娘カンダシス(コイラ)は、父王や周囲から半ば忘れられながらも美しく育っていた。
冷たく高貴な母親にあこがれる娘はしかし、母から手ひどい拒絶を受ける。「わたしに娘などいない」と言う母と、それにショックを受けて「あの人はきっとわたしの実の母ではないんだ」と思う娘。本当は血のつながりのあるふたりであるだけに、互いを拒絶する関係はいっそうの悲劇性を生む。
女王アルパツィアは、都で古くから信仰されていた森の民の宗教に、いつしか誘い込まれ、そこで初めての恋を知る。
様々な経緯の結果、アルパツィアは七人の小人の一座を連れた男に娘の誘拐を頼み、カンダシスは城からさらわれる。そのカンダシスを助けたのは七人の小人だったが、そのうちの1人ヘパエスティオンに彼女は恋することとなる。

白雪姫のストーリーを、作者は要所要所で踏襲している。カンダシスは母アルパツィアの差し出す毒入りリンゴ(本当は毒ではなかったのだが)を食べて仮死状態に陥り、地底を支配する王子はそれをガラスの棺に入れ、その蘇生を見守る。魔女は焼けた鉄の靴を履き、踊って死ぬ。
しかしこれは本来の白雪姫の物語とは相当に違った意味合いを持つ物語だ。

物語の内容の出来、不出来を言う前に、この話には相当に苛苛とさせられた。アルパツィアとカンダシスというのは、顔が似ているという以上にその性質も相当に似通っており、何かというとすぐ心神喪失状態に陥って、行動すべきときには行動せず、何もしなくていいという時に、よりによってというような、妙なことばかりを次々やらかす。もういっそ君たち何もするなと言ってやりたかった。
久しぶりに読んだリーの長編だったのだが、正直いって期待はずれだった気がする。
ところで早川書房からは、もう新刊が出ることはないんですかね?

鏡の森」 タニス・リー
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by agco | 2004-11-29 23:57 | FT・ホラー・幻想

「ローマ人の物語 パクス・ロマーナ」 塩野七生

ユリウス・カエサルの死後、その遺言状によって後継者として指名され、以来数多くの敵と政治的にも軍事的にも戦い続けてきたオクタヴィアヌス。アクティウム開戦を終え、ついにローマの第一人者となった彼はいまだ34歳だった。
本書はそのオクタヴィアヌスが、いかにして帝政ローマの礎を築き、カエサルの遺志を実現させていったかを、その死のときまでを追いかけ、克明に記した本である。

オクタヴィアヌス(後のアウグストゥス)という人は、カエサルのような爽快さも華々しさも持ち合わせていない。自分で軍隊を指揮すれば負けるし、即興性の必要な演説などはまったく苦手だし、文才はない。
その彼が、たった18のときからカエサルの後継者として周囲の有力者たちの間で立ち回り、自らの地歩を固め、ローマを彼自身の望む政体へと変化させようと、地道で堅実な努力をくりかえす様はどこかいじましい。そうそう誰にも真似のできない深謀遠慮ぶりは、彼もまたある種の偉人であったことを示している。
とはいえアウグストゥスの業績は、そのの右腕だったアグリッパ、左腕だったマエケナスのふたりの同世代の協力者の力に大いに因っている。二十歳前後の青年時代から、50代でのその死まで、このふたりはとことんアウグストゥスに尽くし続けた。本書の主題とはあまり関係がないが、彼ら三人のそれぞれへむかう感情の変遷の歴史をものすごく知りたい。

アウグストゥスは自らの血統にこだわり、そのため後の二代皇帝となるティベリウスとも一時仲たがいをしたほどだが、老いた彼の心境は少し寂しい。子や孫たちにことごとく裏切られたことは、厳格すぎる父親を持つと子がぐれるの典型に見えるのだがどうだろう。
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by agco | 2004-11-27 15:54 | 伝奇・時代・歴史

他力本願

大昔に読んだ本で、タイトルも作者もわからなくて、内容もうろおぼえで、だけどもう一度読んでみたい話ってありますよね。
特に天才的な忘却力を誇るわたしには、そういうのいっぱいあるのですが、ここに書いておいたら誰かが教えてくれないかしら…。ということで、2、3思いつくものを書いてみます。
内容はかなり記憶があやふやなので、大いに間違っている可能性あり。

子供の兄弟?がいて、親にお遣いなんかを頼まれたりすると、「特別な力」を使って(テレポーテーション?)遠くのお店から品物を盗んできちゃうような子供たちなんだけど、あるとき悪さが見つかって?大人に追いかけられて、それから逃げようとして子供のひとりが一生懸命「あの大人をどこかへやってください」と祈ったら、その通りになって、結局子供の能力というのは「祈りの天才」でした、という話。

タイムパラドックスもので、男が過去に遡ってわかったことは、顔を見たこともなかった父は、実は自分自身でした、という話。父だけじゃなく、もうひとりくらい別の時間の中の自分にも会っていたような気がする。

なんだか不思議な家があって、ドアを開けるたびに別の次元だかパラレルワールドだかにつながって、いろいろあった話。(うろおぼえすぎ)

ある男が突然周囲に認識されなくなって、目の前にいてもまるで存在しないかのように扱われて、そのうち人間だけじゃなく、機械や無機物にも無視されるようになって、一体どうしてだーと困り果てていたら、ついにはその宇宙そのものから放り出されて、男は新しい神になり、「光あれ」と言ったら宇宙がひとつ誕生しました、という話。

上3つが海外もので、短編。一番下は日本のSFで長編だったと思います。
どなたかご存知でしたら教えてくださいませ。
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by agco | 2004-11-24 23:09

「チルドレン」 伊坂幸太郎

ええいもう一気にいってしまえということで、伊坂幸太郎6冊目。

この人は本当に、永瀬くんのような、さらっとしてクールでやさしい人を書かせたら上手いなあ。
陣内くんのような、個性的で騒々しく、次々と奇跡を起こしちゃうような人も上手いなあ。
鴨居くんのような、比較的普通の感性の持ち主で、突飛なことはしないかわりに、しっかりと彼自身として立っていて、知らないうちに誰かを支えちゃったりするタイプの人も上手いなあ。

5つの連作短編は、すべてに共通して出てくる人は陣内くんだけなのですが、時間を前後に行き来しつつも、最後に爽快なオチのやってくる、ひそかにつながっている物語です。

チルドレン」 伊坂幸太郎
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by agco | 2004-11-23 14:08 | ミステリ

「アヒルと鴨のコインロッカー」 伊坂幸太郎

いよいよミステリから遠ざかってきた感のある、伊坂幸太郎5冊目の本書。

大学入学と同時に借りたアパートの隣人に、突然本屋を襲撃しようと誘われる青年。

ペット殺しの犯人たちの正体に気づいたばっかりに、狙われているペットショップ店員の女性。その彼氏のブータン人、元彼の美形の男。異様に色白なペットショップ店長の女性。

現在と二年前の出来事が、ていねいに交互に描かれていく。
人間は変わることができる、ということを書いた物語だ。
タイトルにあるコインロッカーはどこに出てくるのかと思っていたら、ああいう使い方をされるとは驚いた。こういう発想をできるところが、この作者ならではの魅力だと思う。

しかしあの展開で、途中で警察に通報しないという心理は理解できないな。いくら臆病者だったとしてもだ。心理描写で読者を納得させられないなら、それに代わる理由付けが何か必要だったかもしれない。自分も何か犯罪行為を犯していて、薮蛇になることを恐れているとかね。

アヒルと鴨のコインロッカー」 伊坂幸太郎
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by agco | 2004-11-22 21:30 | ミステリ

「鎮魂歌」 グレアム・ジョイス

なにかと曲者な作品の多い早川プラチナ・ファンタジーの一冊。この本を読む前に、実は何件かレビューを目にしていたのだが、不思議に軒並みあまり評価が高くなかった。
なぜだろうというのは読んでみたらば大体わかった。本書には未発表の死海文書というアイテムが登場するのだが、それは本書においては味付けとか、取っ掛かりとかの役割を果たすものであり、死海文書の謎を解く! みたいな展開を期待して読むと、肩透かしを食らうのだ。
本書の物語的性格は、幻想文学としてのそれである。

妻を亡くし、長年つづけた教師という職を辞め、主人公はエルサレムへとやってくる。その地で彼を待っていたのは昔の恋人、死海文書を秘匿している奇妙な老人、実在するのか定かではない怪しい老婆、ジンに取り付かれた学者、手ごわい女カウンセラーなどなどの人々。
死海文書に記された内容を追ううちに、男はいつのまにか聖書の嘘に肉薄し、またそれは同時に彼自身の苦悩の根幹へと迫ることでもあり、次第次第に男は幻と現実の狭間にさまよいこんでいく。

ものっすごくいいとも言いませんけど、悪くもないお話でした。

鎮魂歌」 グレアム・ジョイス
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by agco | 2004-11-21 16:54 | FT・ホラー・幻想

「シルクロード鉄物語」 窪田蔵郎

なぜと理由を訊ねられても答えられないが、昔から妙にシルクロードが好きである。
それも特に、河西回廊からタクラマカンあたりの砂漠だの草原だのの、生活環境厳しそうな場所が大好きである。小学生の頃などは、その地域一帯の地図を枕もとの壁に貼り、一生懸命あの難解な漢字の地名と場所を暗記しようと頑張ったくらいに好きなのである。(もうきれいさっぱり覚えていないのが悲しい。自分の物忘れ王な性質が恨めしい。それでも少しは過去の遺産で、すらっと地名が読めることもある。小学生の頃のわたしの夢は、哈密へ行って哈密瓜を食べることだった。我ながらシブい)

本書はそんなシルクロードにおける鉄の生産および使用の歴史を、綿密な現地調査と資料調査の両面から、詳細に解説したものである。

なんだかよくわからないなりに勉強になった! …気がする。

シルクロード鉄物語」 窪田蔵郎
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by agco | 2004-11-18 23:25 | 伝奇・時代・歴史

「すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた」 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア

本書におさめられた三つの短編は、メキシコの海岸沿いに住むアメリカ人(グリンゴ)物書きの主人公が、様々な形で人から聞いた不思議な話を書き留めたという形式をとっている。
伝聞なので真偽は問えない。実証することもできなければ、その必要もない。

難破船の残骸にくくりつけられていた人魚(?)を助けた男の話
水上スキーで海峡横断大冒険を一番乗りでやるはずが、少々やりすぎたらしい男の話
さんご礁で仲間とはぐれ、奇怪な女と遭遇した男の話

人魚(?)を助けた話は少し可愛かったなあ。
メキシコの文化の香り漂う、小粒ながらもまとまった作品集です。

しかしこの本、薄いだけならともかく字がものすごく大きくて、開いた途端にぎょっとしてしまいました。行間とか、周囲の余白とかのバランスがまたすごく悪いのです。こういうの、なんとかしてほしい。
最近のえらく字のでかい文庫は一体何のつもりなんでしょうか。高齢化社会をかんがみて、目の悪い老人のための配慮なんですか。それとも現代の若者はアホばっかだから、小さい字だとそれだけで読む気をなくすとでも思っているんですか。
本が好きじゃない人は、そもそも字が大きくても小さくても、最初から開きもしないだろうと思うので、そうした配慮があまり効果的だとは思えません。むしろ読みづらいし、ついでになんだかすごく損をしたような気になるので、できればやめてほしいんだけどなあ。
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by agco | 2004-11-17 23:58 | FT・ホラー・幻想

「重力ピエロ」 伊坂幸太郎

放火とグラフィティアート、そして遺伝子の関係。
レイプという不幸な事件の結果生まれた春という名の弟と、泉水という名の兄の関係。(両方とも英語で言うとスプリング。おお!)
その兄弟を含めた偉大な父と、今は亡き美しき母との家族の絆。

春というのはとても魅力的な人間だ。飄々として常識を飛び越え、ピカソの死んだ日に生まれ、飛びぬけた画才とそれ以外の多様な才能を持ち、端正な美貌の主であり、独特の倫理をそなえ、断固として行動する。
対する兄は比較的常識人だが、家族をとても愛しているし、彼の安定感のある存在は弟のお守り代わりとなっている。
一見平凡な公務員だった父は、その実非常に懐の深い、立派な人物だ。

相変わらずの仙台を舞台にした物語で、前作、前々作の登場人物もいくらか出てくる。軽妙洒脱な会話、様々な暗喩、細切れに展開される意味深き回想、胸に残る小さな一言。
それらのものが組み合わさって、一枚の大きな絵を描き出す手法はこの作家お得意のものであるが、本作ではその方法が実に緻密で繊細だ。
ほとんどミステリではなく、心理ドラマとして読めてしまった。家族愛の物語であった。

重力ピエロ」 伊坂幸太郎
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by agco | 2004-11-16 00:05 | ミステリ

「嗤う伊右衛門」 京極夏彦

再読。大昔に読んだときの感想は、一言でいうと「ちょー純愛!」だったのだが、今読み返してもその印象は変わらない。

それはさておき本書には、「巷説百物語」などに出てくる重要キャラクター、御行の又市さんが登場するのだが、なんと本書が初登場であったものらしい。巷説~などで見られる飄々としたキャラクターはそのままだが、後に書かれるよりも詰めが甘いというか、もしかしたらこの頃はまだ若かったのかなというような、後手後手に回ってしまう人物として描かれている。
しかし又市さんがすべて京極の創作ではなく、「四谷雑談集」なる種本に元々出ていたキャラクターであったということにびっくりだ。

嗤う伊右衛門」 京極夏彦
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by agco | 2004-11-15 23:09 | FT・ホラー・幻想



あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
by agco