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「彼らの流儀」 沢木耕太郎

沢木耕太郎はただごとでなく文章が上手い。
しかし上手いだけではあれほどに胸に迫る文章は書けない。彼が真に達人であるのは、人の生の中から意味あるひとコマを鮮やかに切り出してくる手法においてだ。
彼はその文章の中で、彼が切り出してきたシーンに対して批評を述べることはない。彼はその淡々とした文章を用いて、ただそれを提示するだけだ。それに対して如何なる反応をするかは読者に委ねられている。
過剰はなく、不足もない。
彼のこうした鮮やかな手並みは単なる技術とは違う。雑多な人の営みの中から、光を放つひとコマを選び出し、どのように料理をして提示するかは彼の感性、経験に裏打ちされた判断力と嗜好にかかっている。沢木耕太郎は人の心の動きの機微を知っている。そしてその微妙な振幅を逃さず表現するだけの文章力に恵まれているのだ。

本書は朝日新聞に連載されたコラムをまとめたものである。33編の短文が淡々と連ねられている。様々な人々の様々な日常、あるいは非日常のワンシーンがぽんと切り取られてそこにある。その行間は非常に深い。そこから何を読み取るかは読者次第。何を得るかも読む人によってきっと違っているだろう。
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by agco | 2004-08-31 00:39 | ノンフィクション

「D-LIVE 7巻」 皆川亮二

最新は7巻だけど、1巻から友達に借りて一気読みです。
主人公はありとあらゆる種類の「乗り物」を自在に乗りこなしてしまうというスーパーマルチドライバー斑鳩悟。各種分野の特殊能力者を集めた民間の人材派遣会社ASEに所属する彼は、日常においてはぽややんとした日本の高校生であるが、ひとたび操縦管を握るや恐ろしい集中力と才能を発揮して過酷な任務を次々こなす。
数回ごとに完結の連作の形をとっているので、割と気軽に読める本。悟はとても良い子だし、彼の上司や同級生や、同じASEのスペシャリストの面々もみんな結構愛らしい。乗り物酔いのひどい潜入工作のスペシャリスト、クレーバー・オウルが好きだ。
これは将来的にはロシアンマフィアのボス、キマイラと組織を挙げて戦う展開になるのかな。悟の父の死の原因もいまだ明らかにされておらず、まだ物語としては序盤といったところである。続きをのんびりと待とうと思う。
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by agco | 2004-08-30 23:45 | その他創作

「廃墟の歌声」 ジェラルド・カーシュ

カーシュは本当に密林の奥地とか地下の洞窟とか人の住まない砂漠や荒野が大好きなんだなあ。そしてそうした現世と隔絶した世界には、人の手を拒む秘密が眠っているのである。

無人の廃墟に響く歌声。その主と、歌詞に秘められた過去の秘密「廃墟の歌声」
砂漠の只中にぽつんと置かれた石の謎「乞食の石」
荒野で出会った不思議な男の正体を、シモンは永遠に気づくことはない「無学のシモンの書簡」
今はなきジーノのレストランと、その招かれざる二人の客に通じる因縁「一匙の偶然」
チェスを愛する男につきまとう悪霊「盤上の悪魔」
車が故障し、一軒の家に助けを求めに入った旅人をもてなした老婦人の正体は「ミス・トリヴァーのおもてなし」
ある精神分析医が語った身体的交感の1症例「飲酒の弊害」
希代のペテン師?カームジンの語る様々な機転と悪事の物語「カームジンの銀行強盗」「カームジンの宝石泥棒」「カームジンとあの世を信じない男」「重ね着した名画」
人語を話す鯉にもらった指輪をもとに、ある男が見つけたアーサー王の宝「魚のお告げ」
ある偶然から不老不死の体を手に入れ、以来戦場を400年近くも渡り歩き続ける男「クックー伍長の身の上話」

以上13編。やっぱり面白かったです。
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by agco | 2004-08-28 23:40 | FT・ホラー・幻想

「風転」 花村萬月

花村萬月が書くのは常に何かを激しく命がけで希求する物語であることだなあと思う。
それが人を殴ったり殺したりすることであれ、セックスであれ、花村萬月の書く物語の登場人物たちはそれを恐ろしいほど真摯に実行する。なので暴力はただの暴力ではなくなってしまい、セックスもただのセックスではなくなってしまう。
それではそこには代わりに何があるのかといえば、それは命がけで何かを得ようとする試みのように見える。何かというのは人それぞれに違うんだけど。
彼ら、あるいは彼女らは、非常に厳しく各人の倫理あるいは良心に戒められているため、はたからはどう見えようと、彼ら個人の認識の中においては大変に道徳的である。人殺しも性遍歴も、すべてが独自のモラルに律されている。

さて、この長い物語(ハードカバーでは一冊だけど、文庫版だと全3冊)における主人公は18歳の浪人生ヒカルと、やくざにもなりきれなかったインテリやくざ鉄雄の二人なのだが、父殺しという重い罪を背負ったヒカルと、これまたやくざ世界においては父殺し、兄弟殺しに相当する、組長および組員その他を大量に殺して追われている鉄雄とは、なぜか非常に相性がよく、ともにバイクで旅立つことになる。
このふたりは3,4ヶ月にも及ぶ長い旅の中で成長し、わかりあい、ほんのつかの間のものではあっても、とても幸福な関係を築く。それが、ちょっと切ないのだよね。
彼らの関係はプラトニックなほもだと言っていい。別にいつ犯っちゃってもおかしくはない状況だったのだが、あえてそれをしなかったことで多分互いに互いがより特別なものになっただろう。あれはそういう関係である。
花村萬月の話には結構頻繁にほもが出てくると思うのだが、今回のこれはかなり純粋なピュアラブだった。女もいっぱい出てくるというのに、それを全部差し置いて男同士でピュアラブ。この際萌子はどうでもいい。あの子はあの子でやりたい通りに生きたからね。
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by agco | 2004-08-23 21:55 | その他創作

「おおきく振りかぶって 2巻」 ひぐちアサ

ひぐちアサの線はエロいったらエロい、生っぽい、やわらかそうないい絵だよね!
そしていいのは勿論線ばかりじゃなく、表情もキャラクターも物語りも何もかもが漫画としてすごくいいと思います。ひとりひとりが個性的で生きているし、この先どうなるんだろうかと思わず引き込まれてしまう。これって漫画としてはというか、物語として最高のことではないですか。
本編ばかりでなくカバーの下のおまけ漫画にまで気が抜けない。キャラクターがはっきりしてるので、実際に描かれていない物語の裏まで勝手に想像させてしまう、ただいま非常に熱い野球漫画です。ビバ!
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by agco | 2004-08-23 21:09 | その他創作

「家守奇譚」 梨木香歩

世に言う不思議がこの物語においてはなんら不思議ではない。これはそういう意味において不思議な本である。
主人公は売れない文筆家で、亡くなった友人の家を守っている。その友人は床の間の掛け軸の中からボートに乗って現れて、主人公と穏やかに会話をしては帰っていく。掛け軸の中の鷺は庭の池の魚を狙い、住み着いた犬はほとんど人語を解する優れもので、争いをおさめる調停犬としてとある世界では有名であるらしい。庭のサルスベリは主人公に惚れ、河童や小鬼が平然と現れ、竜田姫の従者は人魚となって池に迷い込む。
そうした出来事が、ひどくゆったりと穏やかな空気の中で綴られていく。
異界と主人公を隔てるものは、ほとんど何もないようにも見える。
しかし、しばしば訪れる友人がすでに亡くなってしまっているのは紛れもない事実なのであり、いくら生前と変わらぬ様子で何度も出会い、言葉を交わすことができるといえども、やはり彼らの間には越えることの出来ない線が一本引かれている。
それが少し寂しい。その寂しいということを、決して表に出さずに穏やかに書くことができるということが、この作家のすごさであると思う。
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by agco | 2004-08-22 13:12 | FT・ホラー・幻想

「壜の中の手記」 ジェラルド・カーシュ

晶文社ミステリはいい仕事をしている。
スタージョンの「海を失った男」についてきたペーパーの中の紹介文に惹かれて読んでみた、このジェラルド・カーシュは個人的には大当たりだった。
全12編の短編集なのだが、ちなみに全タイトルを挙げてみようか。

豚の島の女王/黄金の河/ねじくれた骨/骨のない人間/壜の中の手記/ブライトンの怪物/破滅の種子/カームジンと『ハムレット』の台本/刺繍針/時計収集家の王/狂える花/死こそ我が同志

そそる…!

無人島で発見された4体の奇妙な人骨に秘められた哀しい愛の物語「豚の島の女王」

アンブローズ・ビアスの失踪という米文学史上最大の謎を題材にしたブラックなファンタジー「壜の中の手記」は少し宮沢賢治の有名なあの話に似ている。(題名を言ってしまうとネタがバレバレにバレてしまうので伏せておくけど、読んだ人にはすぐわかるはず)

人から花へ、花からあらゆる生物へと伝染する狂気を描いた「狂える花」

武器商人サーレクの皮相に満ちた人生の終わり「死こそ我が同志」

などなど。どの物語にも不思議と怪奇と皮肉と人の人らしさとどんでん返しが潜んでいる。陰影のはっきりとした印象的な物語たちであり、暗黒の部分と同等の重さでユーモアや生きる意志を含んでいる。
一言でいうと好きだ。この人のほかの本も読んでみたい。
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by agco | 2004-08-21 15:14 | FT・ホラー・幻想

「4TEEN」 石田衣良

この物語の主人公である、ぼくことテツローくんをはじめ、仲良しグループ4人はどの子もすごく懐の深い、偉大な14歳なのである。
彼らが次々に遭遇するできごとは、どれもこれも相当にディープで深刻で、現代社会の暗い部分の真っ只中を貫いている。しかし彼らはそれに屈しない。軽やかに、心優しく、決して何も馬鹿にしたり他人事にしたりしないで、まじめに受けとめていく。
日本中の14歳がみんなこんな子たちばかりだったら、世の中はとても平和になるのに違いない。しかしそれは、この物語の子供たちが現実離れしているという意味ではない。こんな子たちもいる。きっといる。ただ彼らがこんな風に仲良くつるめる距離に互いがいたこと、一緒にいられたことは幸運以外の何物でもなく、それゆえに彼らが4人でいられる今という時間は貴重で尊いものなのだ。
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by agco | 2004-08-20 21:35 | その他創作

「百鬼夜行 陰」 京極夏彦

この短編集、これまでに京極の書いてきた事件に様々な形で関わった人(犯人であるとか、被害者であるとか)の、その人生の転換点にもあたる陰湿な体験を綴ったものなんですけど。
……つい最近、百鬼夜行シリーズを全巻読破したばかりの私をしても、誰だかわからない人が何人かいる。別のシリーズに出てきた人、あるいは、まだ書かれていない物語に登場する予定の人たちであるのだろうか。
しかしこれ、よほどの京極ファンでなければ、読んでいて面白いとは思えない。そういう私も微妙(笑)
本編にあたる長編群のおまけのような感覚で読むのが正しいだろう。
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by agco | 2004-08-19 23:31 | ミステリ

「対談 杉浦日向子の江戸塾」

宮部みゆきや北方謙三などの当世流行作家たちと、杉浦日向子が江戸の風俗などについて語り合うという本。これから江戸を舞台に小説なんか書いちゃおうと思っているような人には即座に大変お役立ちな内容だと思う。そうでない人にとっては、うん、そうね、30へぇ~くらいの価値はあるんじゃないだろうか。
時代劇における時代考証が大抵嘘っぱちだというのは周知の事実だとしても、この本に出てくる江戸の生活習慣は結構本気で想像を超えている。意外だったり、納得させられたりと様々ではあるが、ほんの百五十年ほど前の時代の出来事が、現在ここまで完璧に忘れ去られているという事実には驚かざるを得ない。明治維新というのは日本の歴史に深刻な断絶をもたらしたのだなあと今更に実感する。薄ら寒い身近な現実である。
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by agco | 2004-08-19 23:25 | エッセイ



あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
by agco