カテゴリ:その他創作( 49 )

「ミスター・ヴァーティゴ」 ポール・オースター

「お前は獣同然だ。人間の形をしたゼロだ。いまのままでいたら冬が終わる前に死んでしまう。私と一緒に来たら、空を飛べるようにしてやるぞ」

そんな唐突なイェフーディ師匠の誘いに乗って(というよりは、脅し宥めすかされて)、9歳のウォルトは養父母である伯父夫婦のもとを離れて思いもよらない長い人生の旅に出た。
最初に連れて行かれたのは、ど田舎の農園。そこでウォルトは、ユダヤ人のラビの家に生まれたという師匠と、不具の天才黒人少年、そしてネイティブアメリカンの中年女という不思議な顔ぶれの人々と暮らすことになる。この血のつながりのない家族はなかなか一筋縄ではいかなかった。
都市の片隅で雑草のように生きていた糞ガキ、ウォルトは当初は彼らに反抗的に接していたが、まるっきり相手にしてもらえない。何度逃亡を企てても、魔法のように師匠が現れ連れ戻される。しかしその反抗も、周囲の人々が本当にウォルトがを愛し、大事にしているのだと理解するまでのことだった。
反抗をやめたウォルトには、とうとう空を飛べるようになるための修行が次々と課されることになる。ここでいう空を飛ぶとは手品でも魔法でもなく、本当に、意志の力だけでふわふわと空に浮かび上がる技のことを言うのである。
そんなことできるわけがない! と勿論ウォルトも思っていたわけだが、果たして、様々な拷問にも似た試練をくぐりぬけた後には、彼は本当に空を飛べるようになる。それは、リンドバーグが単独大西洋横断飛行を成し遂げたまさにその年のことだった。ウォルトは12歳になっていた。

ここまでが、4部構成の本書の第一部の途中までのあらすじである。この後、ウォルトの人生は様々な変節を遂げる。KKK団の襲撃による親しい人々の死、空中浮遊ショーの成功によるスターへの道、誘拐、事故と怪我と挫折、師匠の死、復讐。第二の人生とでも言うべきギャングスターとしての生活とその終焉。軍隊、結婚、死別、入院、再会、穏やかな老後、そして自伝の執筆。
ウォルトは長い人生を生きた。師匠と出会うことによって、それは類まれなものになったであろうが、そもそものウォルトという人物は、学はなくともセンスとイキの良さとを兼ね備えた創造的な人間だった。それだからこそ師匠に見出され、技を教え込まれたのだともいえる。
現実にあった出来事を物語に取り入れながら、空を飛ぶというその出来事ひとつで、本書は少し不思議な本になっている。ほんのり切なく、前むきで、繊細だ。最後の1文がとてもいい。

ただちょっと納得いかなかったのは、ウォルトが某野球選手を殺そうとしたところ。その心理が今ひとつわからない。しかし、師匠が死んでしまって以来、ウォルトは本当の意味では生きていなかったから、いつかどこかで現在を清算し、何もない荒野へと一度戻らなければならなかったのだろう。それはわかる。

ちなみにヴァーティゴとは「めまい」の意味。空を飛ぶことに激しい苦痛が伴うようになったウォルトのことを、師匠が皮肉って呼んだ言葉。そのときウォルトはまだ14歳だった。
[PR]
by agco | 2004-09-03 23:37 | その他創作

「鳥少年」 皆川博子

豪華絢爛、血と狂気、退廃、倦怠、情念、異形の愛。そんなものが皆川博子の持ち味であるが、それらを縁の下で支えているのはとにかく「激しさ」なのである。
本書は短編集なので、ひとつひとつは幻影のごとくに儚く一瞬の狂気を垣間見せるばかりだが、それとても焔の閃きのごとき、焼き尽くす高温を胎内に秘めている。著者の年齢なども考えあわすと、その力強さ、激しさはすさまじい。
日常と見えていたものが、ふと気を許した隙に一瞬で非日常へとスライドする。そのぞっとする狭間を書くのが上手い作家だ。
わたしは「死の泉」からの読者なので、そうそう語れるほど詳しくはないが、彼女の生み出す色鮮やかな世界に幻惑させられるのは、浮世を離れた非常に愉しい体験である。
[PR]
by agco | 2004-09-01 23:44 | その他創作

「D-LIVE 7巻」 皆川亮二

最新は7巻だけど、1巻から友達に借りて一気読みです。
主人公はありとあらゆる種類の「乗り物」を自在に乗りこなしてしまうというスーパーマルチドライバー斑鳩悟。各種分野の特殊能力者を集めた民間の人材派遣会社ASEに所属する彼は、日常においてはぽややんとした日本の高校生であるが、ひとたび操縦管を握るや恐ろしい集中力と才能を発揮して過酷な任務を次々こなす。
数回ごとに完結の連作の形をとっているので、割と気軽に読める本。悟はとても良い子だし、彼の上司や同級生や、同じASEのスペシャリストの面々もみんな結構愛らしい。乗り物酔いのひどい潜入工作のスペシャリスト、クレーバー・オウルが好きだ。
これは将来的にはロシアンマフィアのボス、キマイラと組織を挙げて戦う展開になるのかな。悟の父の死の原因もいまだ明らかにされておらず、まだ物語としては序盤といったところである。続きをのんびりと待とうと思う。
[PR]
by agco | 2004-08-30 23:45 | その他創作

「風転」 花村萬月

花村萬月が書くのは常に何かを激しく命がけで希求する物語であることだなあと思う。
それが人を殴ったり殺したりすることであれ、セックスであれ、花村萬月の書く物語の登場人物たちはそれを恐ろしいほど真摯に実行する。なので暴力はただの暴力ではなくなってしまい、セックスもただのセックスではなくなってしまう。
それではそこには代わりに何があるのかといえば、それは命がけで何かを得ようとする試みのように見える。何かというのは人それぞれに違うんだけど。
彼ら、あるいは彼女らは、非常に厳しく各人の倫理あるいは良心に戒められているため、はたからはどう見えようと、彼ら個人の認識の中においては大変に道徳的である。人殺しも性遍歴も、すべてが独自のモラルに律されている。

さて、この長い物語(ハードカバーでは一冊だけど、文庫版だと全3冊)における主人公は18歳の浪人生ヒカルと、やくざにもなりきれなかったインテリやくざ鉄雄の二人なのだが、父殺しという重い罪を背負ったヒカルと、これまたやくざ世界においては父殺し、兄弟殺しに相当する、組長および組員その他を大量に殺して追われている鉄雄とは、なぜか非常に相性がよく、ともにバイクで旅立つことになる。
このふたりは3,4ヶ月にも及ぶ長い旅の中で成長し、わかりあい、ほんのつかの間のものではあっても、とても幸福な関係を築く。それが、ちょっと切ないのだよね。
彼らの関係はプラトニックなほもだと言っていい。別にいつ犯っちゃってもおかしくはない状況だったのだが、あえてそれをしなかったことで多分互いに互いがより特別なものになっただろう。あれはそういう関係である。
花村萬月の話には結構頻繁にほもが出てくると思うのだが、今回のこれはかなり純粋なピュアラブだった。女もいっぱい出てくるというのに、それを全部差し置いて男同士でピュアラブ。この際萌子はどうでもいい。あの子はあの子でやりたい通りに生きたからね。
[PR]
by agco | 2004-08-23 21:55 | その他創作

「おおきく振りかぶって 2巻」 ひぐちアサ

ひぐちアサの線はエロいったらエロい、生っぽい、やわらかそうないい絵だよね!
そしていいのは勿論線ばかりじゃなく、表情もキャラクターも物語りも何もかもが漫画としてすごくいいと思います。ひとりひとりが個性的で生きているし、この先どうなるんだろうかと思わず引き込まれてしまう。これって漫画としてはというか、物語として最高のことではないですか。
本編ばかりでなくカバーの下のおまけ漫画にまで気が抜けない。キャラクターがはっきりしてるので、実際に描かれていない物語の裏まで勝手に想像させてしまう、ただいま非常に熱い野球漫画です。ビバ!
[PR]
by agco | 2004-08-23 21:09 | その他創作

「4TEEN」 石田衣良

この物語の主人公である、ぼくことテツローくんをはじめ、仲良しグループ4人はどの子もすごく懐の深い、偉大な14歳なのである。
彼らが次々に遭遇するできごとは、どれもこれも相当にディープで深刻で、現代社会の暗い部分の真っ只中を貫いている。しかし彼らはそれに屈しない。軽やかに、心優しく、決して何も馬鹿にしたり他人事にしたりしないで、まじめに受けとめていく。
日本中の14歳がみんなこんな子たちばかりだったら、世の中はとても平和になるのに違いない。しかしそれは、この物語の子供たちが現実離れしているという意味ではない。こんな子たちもいる。きっといる。ただ彼らがこんな風に仲良くつるめる距離に互いがいたこと、一緒にいられたことは幸運以外の何物でもなく、それゆえに彼らが4人でいられる今という時間は貴重で尊いものなのだ。
[PR]
by agco | 2004-08-20 21:35 | その他創作

「エロチカ」 e-NOVELS編

八人の人気作家による官能小説アンソロジーである。それぞれの作家がエロスをいかに料理するのかといった点で興味深い試みである。
わたしはこれの京極夏彦が一体何を書いているのかが気になったので読んでみたのであるが、うーむ、割と感想がない。
さすがだな、と思ったのは皆川博子。セックスのシーンなしでエロスを表現するその手腕、読者を幻惑させるイメージの鮮やかさ、隠微さは彼女の本来の持ち味である。そうなのよ、はっきりとそのシーンを書いてしまうのではなく、読者に想像させるということ、体の外側ではなく内側にあふれる生々しさを書いて欲しいのよ。
と思ったのは、単にわたしが元から皆川博子ファンだからかもしれない。
[PR]
by agco | 2004-08-09 23:57 | その他創作

ブラディ・ドール(シリーズ1~10巻) 北方謙三

ハードボイルドというと、やたらと登場人物が男らしさみたいなものにこだわって、「男ってやつは~」みたいな語りが入るものだという偏見があったのだが、なんと偏見ではなかったことが判明した!(笑)
しかし、このブラディ・ドールというシリーズは、それが決して嫌味ではない。確かに出てくる登場人物が毎回そろいもそろって馬鹿馬鹿しいほどの頑固さで自らのこだわりを貫こうとし、命をかけて何かを取り戻そうとするのだが、そういうのって本当は馬鹿にしちゃいけないものだろう。
作中、登場人物たちが使う車、煙草、好みの酒などの数多くのアイテムは、非常に効果的にそれぞれのキャラクターの個性を演出している。ブランド名みたいなものは、下手な使い方をするとどんどん話をスノッブにしていくものだが、このシリーズにはそれがない。「物」や「ブランド名」に伴うイメージを上手く使う作家といったら他に石田衣良を思い出す。どちらも男性作家だ。男性は基本的に物との付き合い方を知っているという感じがする。気のせいかもしれないが。
毎回主人公が異なるシリーズもので、つまりは一冊ごとに新しい主要登場人物が出てくるのだが、それがみんな個性的でいい味を出している。ブラディ・ドールという店を中心に、そんな男どもが仲良くしたり、また殺しあったりしながら濃い関係を築いている。それはちょっと羨ましい濃密さであり、また作中でとある人物が語っているように、一部の関係はプラトニックなほもみたいなものである。しかしそれすらも、その関係の中に分け入っていくことのできない女の目からしてみれば、少し羨ましい関係だとも言える。
しかし、男、男とうるさいこの物語では、実は女は決してないがしろにされてはいないのだ。各物語に登場する女性たちはみんな存在感があり、きっちりと生きている。時々そんな女がいるかというほど美しく書かれている女もいるが、それをいうなら当作品の男たちも、みんなありえないほどに男らしい男であるわけだから、お互いさまというもので、現実よりも薄皮二枚分ほど上にある理想を描くのがロマンというかハードボイルドの醍醐味なのだろう。
しかし人死にの多い物語で、大体この人いいなと思った人から死んでいくという鉄則(?)があり、途中で何度嘆く羽目になったかわからない。それってつまりは、死に近しいところにある人ほど魅力的に見えるということなのかもしれない。とはいえ、いくらフィクションであるといえども思い入れのある人の死は悲しいものである。
[PR]
by agco | 2004-08-09 00:34 | その他創作

「エロティシズム12幻想」 監修:津原泰水

はっきり言ってしまうと、想像を越えて面白くない本だった。
エロティシズムといったらこう、空気の中に色濃く漂う形のない何かを指すとばかり思っていたのだが、この本に集められているのは少しそうしたものとは違っている。
どちらかといえば、あけすけで、どぎつく、セックスに直接関わる話が多い。
つまり、非常に男性的なエロティシズムなのである。
12人の作者のうち、女性4人だけだし…監修者も男の人だし、これは仕方のないことなのかもしれない。でも正直言って落胆した。そして女性と男性の感性の差というものを改めて思い知った気がした。

しかしひとつだけ気になるのは監修者でもある津原泰水。この人の「妖都」を読んだときに、わたしは作者は女性なのかと最初誤解した。男性であるとわかって、少し意外に思い、しかし性描写には確かに男性的な部分もあるなと納得もした。
でもやはり、彼だけは完全に男性的とは言い切れないのである。男性らしさと女性らしさの両方を持っている、つまりは両性具有的であるというのがふさわしい。「どちらでもない」のではなく、「どちらでもある」なのだ。これは結構珍しいことだと思う。
ちなみにこの本の中のベストを挙げるなら、それはやはりこの人の話なのである。なんというか、気になる人だ、津原泰水…。
[PR]
by agco | 2004-08-05 13:46 | その他創作



あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
by agco
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30