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カテゴリ:児童文学・絵本・YA( 11 )

「つきのふね」 森絵都

万引きグループを抜けるために決行した最後のノルマの現場をスーパーの店長に押さえられ、中学生のさくらは親友の梨利と気まずい関係に陥ってしまう。
スーパーからこっそり逃がしてくれた智さんという人は、店長の甥にあたっていたが、地球上の全人類を救うための箱舟ならぬ宇宙船の設計を自分の使命としているひどく変わった人だった。
梨利との関係を祝福できぬままに智さんのアパートに入り浸るようになったさくらだったが、そこに梨利に恋する勝田くんという男の子が割り込んできて、余計なおせっかいを焼きまくり、さくらをいらだたせる。
ちょうどそのころ町では放火事件が相次いでいて、町全体に不穏な空気が漂っている。
どんどんおかしくなっていく智さんの精神状態と、とうとう薬にまで手を出し、落ちていく一方の梨利と、自分の未来に希望を見出せないでいるさくら、梨利に相手にされないままで懸命にまわりじゅうの心配をしている(しかし鬱陶しい)勝田くん。
その4人をまとめて一気に救うための解決策として勝田くんがでっちあげた「つきのふね」の古文書は、後に思いがけないところで威力を発揮することになる。

中学生というのはこんなにピュアで繊細な生き物なんだなあ。
でもわたしは全然こんな風な繊細な子供ではありませんでした。鈍くぼんやりと生きてきてしまった。だからこの物語に本当のところでは共感はできません。しかしこんな風にきらきらと、嬉しいことも、悲しいことも、痛みも強く鋭く感じる時期というのは、きっと誰にでも(一瞬にせよ)存在するのではないかな。
森絵都という人は、そうしたやわらかい感情の刹那のきらめきを書くのが上手い人だと思います。
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by agco | 2006-02-21 22:26 | 児童文学・絵本・YA

「新訳 星の王子さま」 サン・テグジュペリ作 倉橋由美子訳

旧・内藤氏訳も持っているのですが、最初は比較などせず、素直に読もうと努めてみました。

おおしかし、最初のページからしてショッキング。
内藤氏訳で「うわばみ」だったところが「大蛇」になっている!
いやべつに「うわばみ」でないと嫌だとか、そういうことを言いたいのではないのですが、なんとなく「うわばみ」という単語がものすごく頭にこびりついていて、星の王子さまといえば「うわばみ」だぜというような、よくわからない固定観念が……。

そんなことはさておき、さっと読んだときの雰囲気とかは、特に内藤氏訳とそんなに違ってはいなかったように思います。同じ話なんだから、そんなに全然違っていたらむしろ困るわけなんですが。

といいつつも、倉橋訳を読了してから改めて内藤訳を読んでみると、確かにいろいろ違います。内藤氏訳は子供向けを意識してかひらがな多用で、しかしそのくせ、とても難しい言葉をさらりと使っている。あまり意訳とかはしていないのかな? ときどき意味を掴みきれないほど観念的で、その分とても哲学的です。

哲学的なのは、原文からしてきっとそうなのだと思いますが、倉橋訳ではそのあたり、もう少し説明しようと試みている感じがします。言葉遣いや台詞まわしがこなれていて、普通に大人むけの小説を読んでいる感じ。普段の倉橋氏本人の著作の方がずっと難解に書かれています。

どっちがいいとも言えない出来で、好みは分かれそう。しかしひとつだけ、倉橋氏もご自身のあとがきで述べていることですが、「飼いならす apprivoiser」という単語を「仲良しになる」と翻訳したというところ。
内藤氏訳ではそのまま「飼いならす」なんですよね。
わたし、ここは「飼いならす」の方が良かったと思う。単に仲良くなるのとは違った意味を、たとえ子供には理解できないかもしれなくても、そっと忍ばせておいて、大きくなった子供をどっきりさせてやって欲しかった。かな。
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by agco | 2005-09-07 22:51 | 児童文学・絵本・YA

「NO.6 #4」 あさのあつこ

紫苑……!

この本の感想をまともに書こうとするととんでもないことになるので自粛したい。
しかし一冊読み終わるまで顔中から微妙な半笑いが取れない本である。
いやーすごいよホント。
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by agco | 2005-08-26 22:45 | 児童文学・絵本・YA

「私の中に何かがいる -テレパシー少女「蘭」事件ノート-」 あさのあつこ

テレパシー少女「蘭」の周辺には次々と不思議な出来事が起こり、それを友達や家族や彼氏の協力を得て解決していくという、ある意味王道的なサイキックアクションもの。

うーんと、悪くもないがものすごくよくもない。なんとなく、何かがすごく引っかかる話なんだけど、どこの部分がどう気に入らないのか上手く説明することができない。

割と純粋に子供むけに書かれた本なので、子供の頃に読んでいたらもう少し違った受け止め方をしていたかもしれない。
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by agco | 2005-07-30 17:32 | 児童文学・絵本・YA

「あらしのよるに特別編 しろいやみのはてで」 きむらゆういち作 あべ弘士絵

これ、すでに完結している「あらしのよるに」の番外編で、本編未収録シーンがあるとか、本編では語られなかった隠れたエピソードが書かれているとか、帯には謳われているんですけど。
実質読んでみましたならば、最終巻のラスト直前までのストーリーダイジェストに近い内容でありました。
確かに最終巻よりさらに後の話というのは書くわけにはいかないでしょうが(そういう終わり方です)、かといって本書によって新しい事実が飛び出してきたというのでもなく。
えーと、つまり、肩透かし?
最終巻「ふぶきのあした」まで、全巻読破していない人は、先に読んじゃいけない内容でした。
ちなみに「あらしのよるに」のシリーズの内容を一言でいえば、狼と羊によるロミオとジュリエット。オチは少々違うけど。
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by agco | 2005-01-30 15:48 | 児童文学・絵本・YA

「バッテリー VI」 あさのあつこ

バッテリー第6巻。これで完結です。

文庫2巻のあとがきでは、突然にこの6巻に対する悲壮な作者の心情が吐露されていて、結構びっくり、戦々恐々だったのですが、実際読んでみれば、あさの先生が何を言いたかったのか、それはよくわかったものの、こう書くしかなかっただろうという終わり方であったと思います。
原田巧という人物はまだ中学一年生であるのだし、たとえ現在を書ききったとしても、まだまだその生き様には続きがある。迷いもゆらぎもあって当然で、それでも彼は投げるということから逃げ出すことはない。それだけで、十分なんじゃないでしょうか。

原田巧本人よりも、その周囲の人間たちが、それぞれに真剣に考え、悩み、行動していた本です。みんな、きちんと生きていた。物語の最後の一行の先にも、彼らは存在を続けていると、そんな風に思える本です。
ここでお別れというのは寂しいけれど、良いものを与えてもらったと思います。あさの先生にはありがとうございましたと言いたい。
そして、次はきりきりとNO.6のつづきを書いてくださいと(笑)
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by agco | 2005-01-10 23:35 | 児童文学・絵本・YA

「バッテリー III」 あさのあつこ

文庫版は加筆・訂正に加え、書き下ろし短編までついてお得な感じです。

キャッチャーとしての豪を信頼できなくなることから、思わぬ弱さを露呈し始める巧。物語は胸の痛い展開へと突き進みつつあります。一度ハードカバーで読んでいるので、改めて特に感慨というのはないのですが、巧の強さと脆さがとても美しい。万人にうけるタイプの主人公ではないのかなあとも思いますが、わたしは圧倒的に原田巧という人間が好きです。
瑞垣くんが初登場するはずの4巻が文庫になる日がとても楽しみ。(いつの話だ…)
そして海音寺先輩のご活躍がとても楽しみ。
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by agco | 2004-12-26 00:08 | 児童文学・絵本・YA

「ビート・キッズ I, II」 風野潮

うーん……。この本、微妙、かもしれない。

これらの本の主人公は、病弱で少女のような母、飲んだくれで仕事が長続きしない父、難病を抱えた妹を家族に持った、元気が取り柄の難波の貧乏少年、横山英二である。
その彼は、中学を転校してきた途端にその音感を見初められ(あるいは陽気なキャラクターを見初められ)、突如吹奏楽部に大抜擢、ドラムフェス参加のために必死で練習に励むこととなる。
英二を見初めたそもそもの人間というのが同級生の菅野七生。彼は中学卒業と同時にプロから声がかかるほどの天才的ドラマーなのだが、その生い立ちにはひっそりと不幸の影が落ちており、ただのクールで嫌味な男ではなく、堪えに堪えた涙を英二の膝で零すような、繊細な一面も持ち合わせている。
英二は七生と知り合うことでドラムを叩く喜びを知り、結局はそれを支えに厳しい家族問題なども乗り越えていく。七生は中卒と同時に渡米して、なんともきらびやかな道を歩き始めるのだったが、英二は日本の普通の高校へ進み、今度は軽音部に入って、本格的にドラムを叩くようになる。

このあらすじだけ書くと、ふ~んて感じなのですが、実際読んでみるともう何もかもがベタでベタで、英二の家庭環境の不幸ぶりとか、七生の生い立ちの不幸ぶりとか、あまりに典型のど真ん中を突き進みすぎていて言葉も出ない。
しかしまあ、それはいい。いいとしよう。平凡は決して悪ではない。スタンダードを瑞々しく書くのもひとつの才能である(書けているならの話だが)。
それよりもずっと、この物語を薄ら寒くしているのは、英二の天然ボケと、それに対する周囲の反応である。
こてこての関西弁で喋る英二は、普通に話している言葉がみんな一種のギャグになってしまうというボケの才能の持ち主、ということになっているのだが、実際作中の登場人物たちは揃いも揃って英二のボケに、しゃがみこんだり涙を流したり息が出来なくなったりというすごい勢いで笑い倒しているのだが、あえてはっきり言わせてもらおう。
まったく笑えない。
英二の天然ボケが深刻に陥りがちな周囲の空気を救うような場面も多出するだけに、これがちっとも笑えないのはかなり痛い。作中の登場人物たちが無茶なくらい大げさに笑えば笑うほど、読んでいるこちらは居たたまれない気持ちになってくる。
お願いだから普通の会話をしてくださいと、この本を読みながら何度懇願したくなったことだろうか。
ストーリーの出来、不出来を越えたところで笑いの寒い本だった……。
もうわたしの本書に対する印象はそれに尽きている。残念。
いやでも渡米後の七生のご活躍ぶりは無茶すぎるだろ、あれ。格好いいというより恥ずかしいだろ。自分の実の祖母が突然ギャルに目覚めて、今頃やまんばメイクで渋谷を闊歩しはじめたかのような恥ずかしさ。「やめておばあちゃん、もう82歳になったのに!」そんな感じ。
(注:わたしに渋谷を闊歩する82歳の祖母はいません)
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by agco | 2004-11-12 00:15 | 児童文学・絵本・YA

「NO.6 #3」 あさのあつこ

紫苑たま………。
あえてここは「紫苑さま」ではなく「紫苑たま」と呼ばせていただこう。何が違うのかと訊かれても説明が面倒なので雰囲気で察していただきたい。

紫苑たまの天然最強伝説はいまだに健在だった。さらに進化していた。もう誰も彼を止められない(最初から止まっていません)。もう何もかもを好きにするといいと思う(最初からやりたい放題ですあの人)。

そんなわけで、「バッテリー」とは違った意味でハラハラドキドキなお話です。この先どこまでつづくのか、次第にゴールが遠ざかっている気がするので、桜の散る頃といわず、寒椿の咲く頃にはつづきを出して欲しい(無茶)。

NO.6 #3」 あさのあつこ
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by agco | 2004-10-14 00:45 | 児童文学・絵本・YA

「The MANZAI 2」 あさのあつこ

おまえは、おれにとっては特別なんや。

これは秋本貴史14歳(男)が、同級生である瀬田歩(男)にむかっていった、本書の核心とでもいうべき「くどき文句」なのであるが、この言葉は本書のみに限定されるものではなく、あさのあつこ作品すべてに共通するキーワードではないかと思う。
誰かが誰かの特別であること。あさの作品は児童文学/ヤングアダルトに属しているので、まあ大抵は少年少女たちの間においてのこととなるのだが、その関係を突き詰めることの鋭さ、真剣さが、あさのあつこの物語においてはただごとではすまないのである。
特にその激しさが顕著であるのは「バッテリー」なのだが、それにくらべれば本書「The MANZAI 2」はずいぶんほんわかとした内容であるといえよう。

だがしかし。
1巻の時にも増して……これってぼ…ぼ…。
いやなんでもありません。
あさのせんせいはきっと、真剣に、本当に真剣に人と人との関係性を突き詰めようとしているだけなのです。天然なんです。ぜったい。
わたしはそう確信します。しますったら。
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by agco | 2004-09-24 23:39 | 児童文学・絵本・YA



あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
by agco
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