「月に繭 地には果実 上中下」 福井晴敏

「ノベライズ」というものの書き方には二種類あって、ひとつには原作に忠実に内容を文章に起こすもの、もうひとつには、原作の設定なりキャラクターなり世界観なりを踏襲しながら、別種の物語を作り上げるものがあると思うのだが、アニメ「∀ガンダム」のノベライズである本書はこのふたつのちょうど中間を行く内容となっている。

キャラクターはアニメに登場する通りの外見的、性格的特徴を持っており、ストーリーも途中までは原作にかなり忠実。しかしこれが、ディアナ・ソレル(のふりをしたキエル・ハイム)のサンベルト「非」建国宣言のあたりから、猛然と原作からずれはじめ、似て非なる終わりをむかえる。

本書を読んでからアニメを見るか、アニメを見てから本書を読むかで評価の分かれる本だと思う。
ちなみに偶然友人からビデオを借りて、アニメを全話先に見てしまい、しかもそのラストが結構悪くないと思っていたわたしの目から見た本書は、少し苦い、嬉しくない本だ。

登場人物たちの性格は、最初の頃はアニメに忠実に書かれているが、そのためにかえって、そこから外れてしまった後の扱いが非常にひっかかる。
特にキエル・ハイム。彼女はアニメの方ではとてもがんばって、彼女なりの幸せを掴んだのに、本書の方では随分また浅薄な恋狂いの女に書かれてしまって……。可哀想だ。アニメの方のキエルがあまりに現実味のない優等生にすぎると考え、彼女に生身の女の愚かさを代表させたというところだろうか? でもそんなのは余計なお世話だ。
ハリー大尉も、あんな自分のことだけ考えているような人ではなかったはず。
リリが…。名前だけ一瞬登場するリリがすごく悲しい。
フランがあんなにあっさり記者をやめてしまったことがショックだった。
グエン・ラインフォードの性格を説明するために付与された幼少時の辛い体験談は非常に不要な感じ。そんな理由づけなんかいらない。あの人は単なる野心家の変態でかまわない。同情の余地など無用。

そして肝心のストーリーに関しては、アニメに比して大変に人類が愚かに書かれているというか、よりいっそう戦争が悲惨に書かれているというか。
それはもしかしたら著者の、甘えを嫌い現実を突きつけるという姿勢なのかもしれないが、あまり感銘は受けなかった。何よりもロランが、何もよりどころのないままに放り出されてしまったことが哀れだった。
ムーンレィスでありながら地球人の側で戦うことになり、ジェンダー的にも中立、あらゆるものの中心で迷いつづけ、最終的にはいかなる思想的束縛も振り切りただ「人」として、平和を求めて戦うというのがロランの存在の意味ではなかったのか。
そのロランが最後に∀ガンダムに裏切られているようじゃ、なんだかもう、とても彼の戦った意味がないような気がするんだけど……。

さて、以上が本書の「ノベライズとして」の感想であるが、それ以外にもいくつか言いたいことがある。それは∀にというよりは、福井晴敏という作家に対して思うことだ。
彼は自己主張が強すぎる。感傷過多である。構成力はあるし、文章もこなれているし、展開は面白いし、文句なく上手い作家であると思うのだが、それにもかかわらず、非常にうざい。

福井晴敏の本を読むのは本書で三冊目である。1冊目「亡国のイージス」では、艦長が亡くなる際の一瞬のフラッシュバックの長さと感傷過多に辟易とし、「終戦のローレライ」では、本編が終わった後のエピローグの長さ、くどさにうんざりとし、本書「月に繭 地には果実」においては、作中に彼独自の創作によるガス兵器の名前が登場することに作者の自己顕示欲の強さを感じて嫌になった。本人はちょっとした遊びのつもりなのかもしれないが、単なる主張の強さの問題だと思う。
総じて福井晴敏という人はうざい。個人に主義主張があるのは悪いことではないのだが、作中にあまりそういうものをはっきり出して欲しくない。
物語は物語として作者とは独立して存在し、作者本人の主張は物語の登場人物たちの思想に隠れて、表面には見えないのがいい。
いいところを沢山持っている作家なのに、わたしの性には合わない。とても残念なことだと思う。
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by agco | 2004-10-09 10:56 | SF
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あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
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