「博士の愛した数式」 小川洋子

交通事故にあって以来、博士の記憶は80分しかもたない。
以来、博士は大學教授としての職を失い、数学雑誌の懸賞パズルを解く以外の収入はない。
博士は数学や数式、数字そのものを深く愛している。
博士は幼い子供という子供をとても慈しんでいる。
博士は江夏豊とタイガースが大好きだ。
博士は逆さ言葉を話す天才で、世界びっくり人間大賞にも出られそうなほどである。
博士は数字以外の友達がおらず、身なりに構うことをしないが、偏屈というのではなく、おずおずとやさしく不器用な性格だ。

博士は困ったとき、戸惑っているときにはいつも数字の話をする。博士の家に家政婦として訪れた主人公は、博士の家の玄関で、まずこのような会話を交わした。
「君の靴のサイズはいくつかね」
「24です」
「ほお、実に潔い数字だ。4の階乗だ」
「君の電話番号は何番かね」
「576の1455です」
「576の1455だって? 素晴らしいじゃないか。1億までの間に存在する素数の個数に等しいとは」
そんなことを博士は、知識をひけらかすようではなく、慎みと率直さをもって温かな口調で感嘆する。

80分しか持たない博士の記憶力では、昼間のうちにどんなに親しい関係が築かれたとしても、翌朝には博士はそれを覚えていない。しかし家政婦である主人公に10歳の子供がいることを知ると、博士はそれをメモして背広にクリップでとめ、子供にひとりで夕食をとらせるようなことは絶対にやめるべきこと、学校帰りには博士の家へとつれてくることを厳命する。
頭の形が扁平で、手をおいて撫でやすいその息子のことを、ルート記号に似ているといって博士は可愛がる。そしてルートの方もその愛情に応えて博士と親しみ、母親が驚くほどに大人びた対応を見せる。
そうして博士と家政婦とルートの三人が集ったその家は、一時まるで聖域のように保護された温かな空間となった。
しかしやがて博士の記憶の持続時間が80分を切るようになり、加速度的に短くなって、彼らの聖域は破綻をきたす。

いやしかし、最後の最後、記憶が1分たりと持続しないという状態になったと書かれているけど、それだと長い会話は出来ないんじゃないの。話している言葉の端から、自分が何を口にしているところなのかも忘れてしまうんじゃないの。そのあたりの書かれ方が納得いかないといえばいかない。
しかし博士とルートの仲良しさというのは、とてもいい。家政婦さんそっちのけでいい。
本書の中にちりばめられた数字に関する薀蓄、様々な数字の話も面白く、わかりやすい。幼い頃にこんな風に数学(算数)を教えてもらったら、子供はみんな算数が好きになっちゃうんじゃないだろうか。わたしも博士に習いたかった。
数式の美しさと、博士の人としての愛らしさに満ち溢れた本です。
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by agco | 2005-02-25 00:48 | その他創作
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あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
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