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「13」 古川日出男

片目のみに色覚異常をもって生まれた橋本響一は、幼い頃から鋭い色彩感覚に恵まれ、彼の目にしか見えないもうひとつの世界がこの世に存在することを知っていた。
また、非常に知能の高い天才児でもあった響一は、日本の学校教育の中から浮き上がり、あたりさわりのない凡人を演じる寡黙な少年に育っていた。
そんな彼が中3になったとき、ザイールで猿の研究をしている従兄が、土地の少年ウライネを連れて帰国した。黒い肌のウライネは響一の家に居候し、同じ中学に通うことになる。そしてふたりの間には、互いを兄弟と呼び合うような強い絆が生まれた。
ウライネはザイールの原生林tに住む森の民のひとりであり、昔ながらの狩猟採集生活を営む一族は、宿命的に森の周囲の農村に住むあまたの民族と対立していた。当地の焼畑農業は森を害するものであり、森の民はこれを嫌う。一方の村人たちは森を恐れ、森は悪しき精霊たちの棲家であり、そこに住む民もまた真の人間ではないと、強力な呪力を持った亜人間であるといって忌み嫌っていた。
長らくフランスの植民地であったザイールは、近頃形ばかりの独立は手に入れたが、白人の進出ははなはだしく、そのキリスト教化政策も強力に推し進められていたところだった。
森の周囲の民人は、白人の衣装を見につけ、白人の宗教を(表面的に)受け入れることで白人の持つ魔力を手にし、森の民の呪力に対抗しようとする。これを阻止するために森の民は、一族の少年白人(黄色人種も、黒人ではないというだけで、とりあえず白人としてくくられる)の国に留学させた。ウライネが日本へやってきたのは、そういう理由でのことだった。
中学を卒業した響一は、一年間の約束で高校進学を取りやめ、ウライネとともにザイールを訪れる。叔父の勤める研究所にやっかいになり、またウライネとともに森に暮らす。そこで響一は、森こそがすべての色彩の源であると知り、一度死にかけた経験を通して生と死の世界をつなぐ究極の色彩を悟る。

そしてここにもうひとり、宿命的な流れに翻弄される、うら若きヒロインが登場する。
響一と同年代の美少女ローミは、農業を営む村の人間だったが、幼い頃にひとしれず、森に潜んでいた白人の傭兵と交流を持ったことがあり、聖書の文言をその耳に刻み込んでいた。しかし幼子の口からもれる異国の言葉に、事情を知らない家族は恐慌を来たし、幼女に一切の外出を禁じ監視をつける。そのことによって傭兵との接点を断たれたローミはじきに英語の響きを忘れ、自分がそんな言葉を口にしていたことがあるという事実すら忘却してしまう。
しかし彼女が思春期を迎えた頃、近くの村に出来た協会で、教父の語る説教を聞いた彼女は、知らず自分の口から一言一句違わぬ聖書の言葉が英語でつむぎだされるという経験をする。彼女の異言は奇跡と呼ばれ、また彼女は黒人の肉体と白人の魂(前世)を持った霊的混血児であるとみなされ、黒いマリアとして崇められることとなる。
幼き頃の彼女に聖書を語った傭兵の遺骨を彼女は何かに導かれるように見つけ出し、その胸元の位置に落ちていた「13」と書かれた識別標を手に入れる。以来、常に彼女が身につけていたその標は、彼女の内奥の仮想の人格、白人の前世であり、村の救世主となるべき人格「13」を結実させるよりどころとなり、本来のローミの人格は消えうせかけた。
あたしはもうすぐ死ぬ。
怯えと悲しみの中でそれを自覚したローミは、仮想人格「13」に導かれるままに森に連れ込まれ、響一と出会う。ふたりの間には刹那的な激しい交流が生まれるが、そもそも「13」の人格がローミを森へと連れてきたのは何故なのか。そこには恐ろしい意図が隠されていた。

ええと物語はまだまだ先がありまして、ここに書いたのは第一部の話で、その後にはがらりと毛色の変わった10年後の第二部もあり、読みながら「いったいこの話はどこへ行くんだろう…」と、まるで先を読ませぬ展開で、はらはらしっぱなしでした。はらはらというか、底なしの穴にゆっくり吸い込まれていくかのようというか。
終わりまで読むと、ああそうだったのかと思うのですが、いやあ一筋縄ではいかない物語です。すごかった。面白かったというよりは、すごかったというのが正しい。

しかし、最後の最後の最後で、ストーリー展開とは関係のないところで妙にがっくり力が抜けてしまったんですが、あれはどうにかならないものか。ネタバレを避けようとすると、詳しいことは書けないのですが、最後のページに出てくる映画のタイトル。あれ、必然性がなくないか。期待させるだけさせておいて、それかよ、というパンチの足りなさ。あそこにはもっと強烈なインパクトが必要だと思う。
でもまあ、それを除けば常に胸の奥深くがざわざわと蠢く、不思議な感触の物語でした。響一の設定が素敵よね。もうそれだけで、一本とられたという感じです。
by agco | 2005-02-23 00:36 | FT・ホラー・幻想
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あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
by agco
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