「オリガ・モリソヴナの反語法」 米原万里

本書はフィクションです。しかし、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」ほかに見られるような、作者の実体験が如実に反映した内容です。主人公の志摩は作者の分身のような存在であり、彼女が関わっていくことになる歴史の暗部は、実際に作者が体験していても何ら不思議ではない切実さと真実の重みを読者に伝えてきます。

両親の仕事の都合で少女時代の4年間をチェコスロバキアですごした志摩は、現地のソビエト学校に通っていた。そこで出会った非常に印象的な教師がふたり。ひとりはオリガ・モリソヴナ。時代錯誤のど派手ファッションセンスの持ち主でありながら、天才的なダンス教師であり、また相手を罵るときには仰々しく誉め、逆に誉めたいときには…まあ普通に誉める、独特の「反語法」の使い手。もうひとりはエレオノーラ・ミハイロヴナ。おっとりと上品な貴族的な物腰のフランス語教師であり、過去の一時期の記憶を失っており、言動にも少しおかしなところがあるが、非常に心優しい白髪の老女である。
志摩のソビエト学校時代はそんなふたりと、それ以外にも大勢の個性的な教師たち、また親友のカーチャ、片思いの男の子レオニードなどの面々に彩られ、色鮮やかな思い出を志摩の中に残した。
中でも不可思議に印象的だったのはオリガとエレオノーラのことだった。彼女たちには何らかの重大な秘密がある。彼女たちのことをともに「母」と呼ぶアジア系の顔立ちの美少女ジーナの存在、オリガと顔を合わせて数ヵ月後に突然死したソ連大使館付き武官のミハイロフスキー大佐、エレオノーラが異常に恐れる「アルジェリア」あるいは「パイコヌール」という単語。

それから約30年後。ふとしたきっかけからオリガとエレオノーラの謎について調べ始めた志摩は次々と意外な事実に遭遇する。ロシアで再会を果たしたかつての親友アーニャや、様々な人々の協力を得ながら、志摩が次第に導かれていったのは、1930年代のソビエト連邦の恐ろしい権力犯罪の実態だった。

実体験を反映させすぎじゃないかと思う面はあるものの、ちょっと都合よく話が展開しすぎじゃないかと思う面もあるものの、この作者でなければ書けなかったであろう鬼気迫る物語です。ナチスドイツのアウシュヴィッツがあれだけ有名であるのに、ソビエトのこれが非常に知名度が低いというのは何故だろう。それがどこの国でも起こった(あるいは起こりえた)ありふれた戦争犯罪であるからなのか、かの国が現在日本国民にとって相当に興味の対象外となってしまっているからなのか。とはいえ、旧ナチス党員が戦犯として厳しく追求されているのに対し、当時のソ連の内務人民委員会(NKVD)で人を大勢殺したり死に向かわせたりした人々が、罪を問われるでもなく現在ものうのうと年金生活をしているというのは不気味な事実だなあ…。
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by agco | 2005-02-01 23:44 | その他創作
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あまりに自分の忘却力がすごすぎるので、面白かったものも面白くなかったものも、とりあえず読んだ本の感想を全部記録してみることにしました。コメントなどありましたらご自由にどうぞ。
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